■環日本海専門情報誌■No.19


(白鳥 正明:富山国際大学 教授)

1.沿海地方経済と民有化株式会社

(1)沿海地方経済の変化
 沿海地方経済は1992年からの市場経済化の進行により構造的変化を起こしている。機械工業と軽工業生産の比重は低下し、電力、石炭、水産・水産加工業のシェアが増加し、製造業の縮小と農業以外の第1次産業の優位という構造的退化が起きている。また、沿海地方はロシアの辺境にあるため、原料調達と製品販売で高額運賃を負担するロシア他領域との経済取引が減少し、沿海地方内及び近隣の外国との経済取引を拡大せざるを得ない状況にある。

(2)民有化株式会社には中小企業が多い
 国家資産管理・沿海地方委員会によれば、94年1月1日現在で民有化により設立された株式会社は538社あった。業種別にみると、民有化株式会社が多いのは建設業、農産工業、食品工業、商業、運輸・通信業であり、これらの部門に中小企業が多い。化学工業、機械工業、金属鉱業、冶金工業等の重工業部門の株式会社数は全体の7.1%で、大企業が多い。
 従業員数1万人以上の大規模な株式会社は、石炭、海運、電力、自動車輸送、通信、航空機製造、水産、各1社、合計7社であった。電力・熱エネルギー(暖房用蒸気)併給企業である(株)ダリエネルゴは、国有(株)統一電力網(本社モスクワ)が株式の70%を保有している。アルセーニエフ市のプログレス航空機製造(株)は、ヘリコプター製造の軍需企業で連邦政府が株式の過半数を保有しており、96年1月の大統領令により、その保有期間が3年延長された。
 新設株式会社には中小企業がきわめて多く、従業員数100人未満と101~300人の株式会社が64%もあった。業種別では農業・農産工業(90%)、生活サービス共益事業(89%)、商業(80%)、建設業(75%)、調査・設計・研究事業(69%)、公益食堂(67%)、農産加工・食品工業(64%)に中小企業が多い。逆に中小企業が少いのは化学工業(17%)、機械工業(33%)、木材・木材加工業(28%)、熱エネルギー供給業(24%)、金属鉱業・冶金工業(25%)等の重工業部門で、軽工業と運輸・通信業は50%が中小企業であった。

2.ウラジオストク市の企業と工業生産
(1) 閉鎖的企業形態が多い
 ロシアには増資新株を公募できる公開株式会社と50人以内の設立者だけが株主になる非公開株式会社があるが、株式会社の多くは、株式市場で増資新株を発行していない。増資新株を発行したのはナホトカ港(株)とポシェット港(株)だけである。多くの株式会社は、設立者以外に株主が増えるのを好まない傾向がある。
 96年10月1日現在、ウラジオストク市所在の事業所等登録総数は16,312件で、ロシア所有が圧倒的に多く、外国所有とロシア・外国共同所有は4.3%にすぎなかった。商業組織のうち法的形態が不明確な「その他商業組織」が24%を占め、非公開株式会社・有限会社他(45.7%)と個人経営企業(12.7%)が58.4%で、6割弱の企業が閉鎖的形態である。

(2)ウラジオストク市は漁業・水産加工業の都市
 96年ウラジオストク市工業売上高の約79%を占める水産加工業は前年比で35.8%増、売上量は13.2%増、漁獲量も前年比37%増であった。水産加工業に次いで食品(7.1%)、機械工業(7.0%)の売上高構成比が高い。しかし、機械工業の生産量は前年の41%に大幅に低下したので、ウラジオストクの工業は水産加工業と食品工業に支えられているといえる。

3.沿岸地方企業の企業経営状況
(1) 好調な食品・製粉・飼料製造業
 96年上半期の沿海地方では、鉱工業生産高シェアが最も多い食品工業と製粉・飼料製造業は、利益も多く損失企業数は少なかった。石炭鉱業、機械工業、木材加工業・製紙業は利益を出したが、損失企業が3分の1以上で、建設資材製造業、非鉄金属工業、化学・石油化学工業、軽工業では損失企業が40~70%もあった。

(2)支払条件の悪い電力・鉄鋼・非鉄金属・機械工業
1. 売上債権回転日数と買入債務回転日数
 売上債権回転日数は売上げ(製品出荷)から代金回収までの何日かかったかを示し、買入債務回転日数は仕入原材料の代金支払いに何日分の売上げが必要かを示す。96年6月1日現在の売上債権と買入債務の残高により、業種別に試算すると、売上債権回転日数は鉄鋼業の248.7日、電力165.6日、機械工業、非鉄金属工業、軽工業が100日以上で、他の部門は1~2ヵ月であった。買入債務回転日数は鉄鋼業の271.6日、非鉄金属工業、電力が100日を超え、他は2~3ヵ月であった。
 沿海地方の96年上半期(1~5月)の不払い状況は業種別に格差が大きく、電力、鉄鋼業、非鉄金属工業、機械工業等の特定部門に限られているようである。食品工業、製粉・飼料製造業、印刷、軽工業、農業、運輸等の部門では、運転資金を銀行から借入れ、不払い問題は深刻ではなかったといえる。なお、96年のロシア平均の売上債権回転日数は69~70日であった。

2. 未収債権と未払債権
 不払い問題は営業上債権と営業買入債務に限られない。営業売上債権を含む未収債権総額と、営業買入債務及び銀行借入債務を含む未払債務総額の部門別内訳で沿海地方企業の未収債権と未払債務をみると、石炭、非鉄金属工業、運輸業、印刷業で営業売上債権以外の未収債権が多い。これは連邦政府・地方行政庁の調達代金未払いが原因であろう。営業買入債務が多いのは、電力、食品工業、製粉・飼料製造業、農業であり、これらの部門は仕入先に資金負担させながら銀行からも運転資金を借り入れていた。営業買入債務と銀行借入債務以外の未払債務が大きい部門は、石炭、鉄鋼業、非鉄金属工業、化学・石油化学工業、機械工業、木材加工・製紙業、建設資材製造業等の部門であるが、連邦政府・地方行政庁への租税公課未納と年金掛金・医療保険料未納が原因であろう。

4.沿海地方の貿易と外国投資
(1)輸出入の商品別構成と国別輸入品
 96年沿海地方の貿易総額は前年比13.8%増加で、1,230.5百万ドルに達し、輸出額は629.7百万ドル(前年比102.9%)で、貿易収支は28.9百万ドルの赤字であった。
 輸出入の商品別構成は次のとおりであった。

輸出商品別構成

百万ドル

前年比

輸入商品別構成

百万ドル

前年比
機械製品 246.4 2.8倍 食料品・同原料

298.7

113.1%
木材・木材製品 136.2 110.4% 機械製品

138.9

75.4%
鉄鋼・非鉄金属 66.2 1.6倍 燃料製品

52.9

4.0倍
魚類・水産加工品 64.6 54.8% 石油化学製品

29.4

122.7%
石油化学製品 38.0 103.0% 鉄鋼・非鉄金属

15.6

1.8倍
燃料エネルギー産品 4.4 2.7倍 木材・木材製品

9.1

101.4%

 輸入先国別の輸入品は次のとおりであった。

輸入先国 輸入品目
韓  国 食料品、日常生活用器具、建設資材、燃料油、エンジン・オイル、医療機器、自動車部品、輸送用機器、船舶、等
アメリカ 食肉・肉製品、鶏肉、大麦、小麦、医療機器、医薬品、家具、輸送用機器、タバコ製品
中  国 食料品、化学製品、船舶
日  本 医療機器、輸送用機器、日常生活用器具
シンガポール ディーゼル燃料、ガソリン、食料品

(2)国際機関貸付と商業投資が多い外資導入
 96年沿海地方の金融部門を除く部門への外国投融資は96百万ドルで、直接投資は投資総額の40%で、資本金支払7.9百万ドル(39%)で、その他が12.5百万ドル(61%)であった。各種の貸付金が60%を占め、その95%が国際機関融資であった。投融資総額の22.9%は製造業向けで、うち60%が食品工業向けであった。輸送、通信、商業向けの投融資も増加し、全体の76%を占めた。沿海地方には1,219社の外資系企業があり、資本金払込み累積額は1,900億ルーブルに達し、約4分の1が100%外資である。外資系企業はウラジオストク市に47%、ナホトカ市に31%所在し、業種は26種で半分以上が商業とレストラン、約20%が製造業である。

(3)外資系企業に対するロシア人の眼
 ウラジオストクの新聞『ゾロトイ・ログ』(97年3月25日付、No.22 )は、外資系企業の雇用慣行について注目すべき記事を載せ、ロシアの若者が「黄色い」アジア系企業で働くのは難しく、職業斡旋会社に行くときには「アジア系企業だけは希望しない」と条件を付けるべきであると書いた。その理由は、アジア系企業が厳しい服従を求め、積極的提案は奨励されず、確実に義務を果たさなければならないし、4年間は昇進が期待できず、女性は優遇されないからであると指摘していた。欧米系企業では逆に、積極性が歓迎される。「黄色い」アジア系企業ではロシア人は責任者になれないが、「白い」欧米系企業ではロシア人を責任者に任命している事例が多いという。アメリカ系企業の秘書の初任給500ドルに対して、欧州系400ドル、韓国系300ドルである。欧州系企業は労働者の社会保障が充実し、5年間に1人も解雇されていない。アメリカ系企業の給与は高いが要求も厳しいと書いていた。外資系企業にはロシア人の冷静で厳しい眼が注がれているといえよう。

■1996年ウラジオストク市への外国投資

(上位4ヵ国)


外国投資総額 46.2
(百万ドル)
100.0(%)
オーストラリア 14.5 31.0
イギリス 13.8 30.0
アメリカ 8.5 18.0
シンガポール 7.8 17.0

■1996年沿岸地方の主要投資国別
  外国投資の割合

(非金融部門)


オーストラリア
28%

イギリス
27%

シンガポール
15%

アメリカ
17%
その他 12%
[出所]E.ポレシチュク、ウラジオストク市専門員、『ゾロトイ・ログ』紙、1997年4月8日付 no.26.





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