■環日本海専門情報誌■No.22


”経 綸 の と き” 韓 国


(北陸環日本海経済交流促進協議会 理事調査部長 野村 允)


■はじめに■
 去る2月9日から2月13日までの5日間、韓国経済研究センター(東京)・アジア開発研究院(ソウル)共催の「韓国経済・証劣市場実態調査団」の一員として韓国を訪問。今厳しい状況下にある韓国経済の実情を垣間見ることが出来た。主な訪問先は、財政経済院(政府)、韓国銀行、証券局、韓国証券取引所、財閥企業グループ(三星、大平、LG)、浦項製鉄工場、(株)ボグァン亀尾工場などであった。  今回の視察は、短期間ながら中味の濃いものであった。
 以下、各訪問先でのヒアリングを中心に、韓国経済の印象を簡単にとりまとめてみた。

1.韓国経済の動向
(1) 韓国通貨・金融危機とIMF
 今回の韓国経済の破綻は、借入依存度体質の経済、政府保護下での銀行の過度な融資などいくつかの要素がからみ合って引き起こされ、その結果韓国経済に対する信用不安が吹き出し、IMFの支援要請になったものとみられている。なお、韓国政府とIMFとの合意による融資条件は、マクロ経済・通貨為替・財政・金融の諸政策、貿易。資本の自由化、企業経営の構造改革など多岐にわたっている。  今回の視察を通じて、各ヒアリング当事者の口からは、何度も"IMF"の言葉が飛び出し、またある訪問先の社員トイレでは、「IMFのために節水」という小さな標語が目に止まった。

(2) 主要マクロ経済の展望
 表1は、LGグループが作成した韓国のマクロ経済指標(本年2月11日現在)である。
 GDPについては、今回訪問した政府、韓国銀行、財閥企業ともに、マイナス成長になる可能性があるという厳しい見方をしていることが注目された。その理由として、IMFプログラムを推進する中で、京釜高速鉄道など大型投資の再調整などを主体に、設備投資の減少(前年比20~30%減見込)によるところが大きい。  物価上昇率は、緊縮通貨政策にもかかわらず、為替レートの影響による輸入物価の上昇などから10%程度の上昇となり、典型的なスタグフレーションになるという見方が報告された(三星グループ)。  貿易動向は、為替レートの影響から輸出の増加、国内景気の低迷による輸入の減少となり、貿易収支は150億ドル程度の黒字を見込む声が強かった(本年1月は、輸入減少によって貿易収支は30億ドルの黒字を計上)。ただ、我々視察団の中からは「輸出の増加は理解出来るとしても、韓国の産業構造から見て、中間財などの輸入増も予想され、韓国側の見方は少し楽観的ではなかろうか」という疑問の声が聞かれた。  なお、訪問先が、一応に先行き不安を示したのが、資金圧迫による企業の連鎖不渡りの発生と構造調整の拡大に伴う失業率の上昇であった。ある訪問先では、'98年の失業率は5%以上になり、失業者数は150万人~200万人(現在は70万人程度)に達すると述べ、中には、本年夏ごろに社会不安が生ずる可能性もあると懸念を示した。

(3) 経済・産業施策の展開
 韓国経済は、今後IMFプログラムに沿って、内外経済・産業施策の展開が活発化しよう。  LGグループは、'98年中の外貨需給動向について、年末には約200億ドル以上の資金不足となり、外貨危機はまだ終っていないという見方を示した。その対応としては、q輸出振興を軸とした経常収支の黒字幅の拡大、w外貨の獲得、e外国企業の直接投資の促進─などがあげている。具体的には、外国人投資家による株式投資限度の拡大('98年度末には投資限度廃止予定)、投資環境の改善(税の優遇措置など)、輸入制限の廃止などがある。  なお、外貨導入の動きについて、財政経済院からは、「韓国経済に対する外国人の見方は、短期的に不安定であるが、長期的には明るいという見方が多く、アメリカ、EUを中心に投資は増加している。ただ、日本企業の動きは鈍い。本年2月以降、投資手続きの簡素化、従来の許可制から申告制へシフトすることになっている」といった報告があった。
 物価安定策としては、公共料金の決定過程に一般市民の参加を促し、流通経路の整備、物価監視機能の充実、物価情報の提供の促進などをはかることになる。

(4) 金融改革
 これまで政府の保護下にあった金融機関は今後極めて厳しい局面に立たされることが予想されるが、韓国銀行からは、以下のような発言があった。  「韓国政府の金融改革施策として、金融機関の民営化に伴って新規参入を促進し、反面競争力が失われた金融機関を早期に整理することになろう。また、韓国銀行法の改正により、本年4月から金融監督院が設立される。  総合金融会社については、30社のうち、10社が他機関へ売却(廃業)、2社が外為業務を廃止、残りの18社は将来クローズされる可能性が強いということであった。
 こうした韓国銀行側からの厳しい内容の発言のあと、LGグループでも、今後の銀行のあり方とした「政府は、人事、経営について干渉しない代りに、責任はすべて銀行が負うことになる。なお、預金者保護について、2000年までは保護されるが、2000年以降は保護されないことになろう」といった発言があった。また、'98年中の金融市場については、金融機関の資金的供給の逼迫、資金不足による仮需要の増加予想から高金利が持続するとみられている。

(5) 労働市場の柔軟性
 本年2月、IMFプログラムに沿って、労働者、経済界、政府の3者が苦痛を分ち合うための社会的合意が実現した。すなわち雇用調整のための関連法律の整備(会社整理法、破産法、和議法など)、勤労者派遣法の制定など、労働市場の柔軟性向上のための基盤がつくられつつある。  今回の訪問先がいずれも、大きな悩みとしてあげたのは、これまで法律で禁止されていた"整理解雇制"の導入に伴う労使関係の去就であった。  我々からは「本制度の導入によって、解雇された労働者を他の企業で受け入れることの出来る受け皿づくりはあるのか」という質問が出た。この質問に対して、訪問先から「最も心配な点である。解雇者が新事業を始めるケースは少ない。したがって、就職する間、政府は失業者の生活維持のための基金(約5兆ウオン)をつくる方針であり、併せて外貨導入の促進を望んでいる。なお、失業保障については失業手当の最低受給期間の引上げ、受給資格の緩和、失業者の職業訓練の活性化などをはかることになっている」といった回答が返ってきた。

2.財閥企業グループの改造とその対応
 IMFパッケージによって、今後財閥企業グループを中心に、企業支配構造の見直し、企業経営構造の調整が進められよう。

(1) 企業全般の構造改革
 A.経営の透明化
 企業経営の透明性を高め、支配構造の先進性を通じて経営の刷新に導くためq連結財務諸表の早期導入、w国際会計基準導入の徹底、e少額株主の代表訴訟権の行使要件の緩和─などを行う。
 B.経営の安定化
 企業経営構造の改善誘導のため、q過大な借入金の利子に対する損金不決定を漸進的に実施する(自己資本の5倍を超える借入金に対する支払利子を、2000年からは損金としない)。w30大財閥企業グループの相互保証債務行為を2000年3月末までに解消する─などを実施する。

(2) 財閥企業グループの対応
 こうした韓国企業の経営体質の改革は、特に財閥企業グループにとって、大きな苦痛を伴うことになるものとみられている(表2)。  今回訪問した3つの財閥グループでのヒアリングでは、グループ紹介のビデオの編成方針や発言の内容から、将来への対応の違いを窺い知ることが出来た。
 A.三星グループ
 「以前から、グループ自体のリストラの必要性を感じていたが、政治のリーダーシップの欠如によって、思い切った対応がとれなかったことを反省している。まず、企業にとって必要なものは残すが、余分なものは売却することが必要であり、既に、海外資産のうち約3億ドルを売却し、江南地域で建設予定の高層ビル(104F)の建築を断念した。  他方、先端技術部門の投資を行う予定であり、来年には三星電子をニューヨーク市場に上場することになっている。さらに、グループ内の業種(品目別)の再編成を行っており'98年中には34品目(約10億ドル)を整理する予定である。  今後、専門経営者(業種ごと)の育成をはかるとともに、技術、デザイン開発を重視し、外貨危機への対応として輸出振興に努める」と述べた。  当面、三星グループの去就とした、本年3月に発売予定の同グループで生産の乗用車(中型車)"SM5"の発売動向が注目される。
 B.大宇グループ
 同グループの金宇中代表は、「本年の失業率は5%に上昇するとみられるが、大宇は解雇しない。その代り、ホワイトカラーの給料を15%引下げ、ブルーカラーには給料を引下げないが、1日1時間余分に働らいてもらう」と労使協調を主唱したが、海外進出を大きくPRしたビデオ内容とともに、その強気な姿勢が印象深かった。
 C.LGグループ
 「今回の企業に対する諸措置は、必要なことは確かであるが、余りにも早急のため戸惑っている。まず、政府スタッフや各グループ代表と話し合いを行った。その結果海外では、現在成功している企業が少ないため、今後整理を進めていく方針である。グループ内の業種(品目別)の整理についてはこれまで少しずつ進めてきたが、今後化学調味料、ラケット、ゴルフ用具は廃止、カメラは現代へ、電子部品は三星へ売却することにしている。  今後とも、研究開発投資に重点を置くつもりであるが、既に仙台、デュッセルドルフに研究所を設けている」と述べた。  我々からは「他のグループとの対応の違い」を質問したところ、「他のグループは画一的に全体の30%程度を整理するという方針をとっているが、私たちは業種別に代表者の責任に応じて、自律的なリストラを行うことにしている。したがって、穏やかなリストラといって良い」という回答があった。なお、日本の紙上で話題になった新政権の"ビッグ・ディール"については、「現在のところ公式的な政策ではない。反対も多い。リストラは企業グループの自由意思に任せることがベターである」とも述べた。

3.新産業グループの誕生
 近年、21世紀に向けて、韓国では政府、財閥企業グループと密着しない企業グループが誕生している。今回訪問した「ボグァングループ」(慶尚北道)は、韓国経済研究センターの宋所長が、3年前に知ったということである。昨年、同グループの一会社と電通(日本)が宋所長の仲介によって新会社(広告業)を設立した。  このグループは、(株)ボグァンを親会社として、6つの会社で構成され、グループ全体の総資金は3億4,500万ドルである。具体的には、文化振興、創業投資、スーパーマーケット、リゾォート、電子部品の生産などの事業を行っている。

■おわりに■
 韓国に対するIMFの支援条件は、韓国にとって極めて厳しい内容だとの見方が一般的である。今まで長期にわたり高度成長を続けてきた韓国の国民にとって、大きな減速を伴う経済構造の調整は、厳しく感ずるはずであろう。このことは、今回の短かい視察を通じても垣間見ることができた。  「現在の韓国の苦境について、政府、経済界はともかく、国民の多くは理解しているのだろうか」という我々の質問に対して、政府からは「IMFを合言葉に、共に苦痛を分ち合うという認識は深く浸透している」と力強い言葉が返ってきた。ただ、韓国経済のマクロ経済展望については機関によって若干のニュアンスの違いや財閥企業グループ間で、先行きの対応姿勢について若干の差が窺われたが。  しかも、訪問先では、韓国経済は、本年下半期から漸次好転し、少なくとも1年6ヵ月~2年の間には回復できるであろうという声が強かったように思われる。ソウル市にある日系企業の駐在員は、「市民の多くは韓国経済の先行について楽観的見方をしている人が多い」と語った。  半面、今回の訪問先で一応に先行き懸念を示したのは失業問題であり、労使関係の去就であったように思われる。韓国市場に進出している北陸企業は多いが、北陸企業も、今最も懸念している点でもある。  また、LGグループからは、「韓国経済の展望について現状では良いシナリオが描けそうだが、今後中国の為替切下げ、アジア経済危機の深刻化、日本経済の回復が遅れるなどの要因が重なれば、一転して悪いシナリオへ変化することになろう」と語ったのが印象深かった。
 ビッグバンを迎え撃つ日本と韓国とは、今正に"経綸のとき"を迎え、共に苦境を乗り切り、再びアジアのリーダーとして、新たなる躍進を遂げるためには、今こそ、真の協力関係の樹立が求められているのではなかろうか。
                                            以 上





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