■環日本海専門情報誌■No.25


中国経済動向とこれからの日中経済交流


(富山県貿易投資アドバイザー 今井 理之)


 8月6日、富山市内のホテルにて、富山県日中友好議員連盟の総会が開催されましたが、その記念講演として、愛知大学教授(センターアドバイザー)今井理之氏が「中国の経済動向とこれからの日中経済交流」と題し、講演をされました。その講演を要約したものを以下にご紹介いたします。

1 「江澤民・朱鎔基」新体制の特色
 今年3月、全国人民代表大会(日本の国会に相当する)において、朱鎔基が首相になり、新たに「江澤民・朱鎔基」体制が発足した。この体制の特色を一言で言えば「改革開放路線」を前面に出したケ小平理論(中国的特色ある社会主義の建設)の継承である。このことは、さきの中国共産党大会(97年9月 5年に1回開催)においても強調された。但し、以前のケ小平理論と新体制の方針を比較すると、修正されている点がいくつかある。一つは、ケ小平のいわゆる「南巡講話(改革開放と経済発展を加速せよ)」に代表される「高成長政策」と「先富論(一部の地域の人が先に豊になることを認める政策)」から「安定成長政策」と「地域間格差の是正」への修正であり、もう一つは、先の党大会における「公有制(国有制と集団所有制)」の一形態としての株式制の容認である。特に、これまで補完的な部分とされていた「非公有部門(個人・私営・外資系企業)」を社会主義市場経済の重要な構成部分と位置付けられたことは、今後の中国経済を見る上で非常に重要である。また、党人事の特徴を見ると、まずトップ7名である政治局常務委員から軍人がいなくなったこと。このことは、江澤民が軍を十分掌握したことを覗わせる。また、次期総書記とみられている胡錦涛氏(54歳)の政治局常務委員の就任に代表されるように大幅な若手の登用が図られたことである。  朱鎔基首相は、以前から非常に実行力のある人と評価が高いが、3月の就任会見で、三大改革(@国有企業改革、A金融改革、B行政改革)を提起し、今後の手腕が期待されている。しかしこの改革には大規模な合理化を伴い、成功しても失敗しても難しい立場に立たされることが予想される。また、1995年から97年にかけて「第3次思想解放闘争」といわれる「公有制」か「私有制」かの議論が盛んに行われ、前述した「株式制」の容認にみられるように改革派の勝利に終わったわけだが、今後の改革に伴う合理化・解雇が進めば、党内保守派の抵抗が復活する恐れも考えられる。

2 経済構造の転換期
 現在の中国経済は、構造転換・調整期と位置付けられており、大きくは「計画経済」から「市場経済」への移行、特に92年に「社会主義市場経済」を目指すことが明確に打ち出され以来、市場経済化が大きく進展し、2010年を目処に社会主義市場経済の基本的達成を目指すとしている。その場合の市場経済のタイプとしては、いゆる「東洋型市場経済」の一タイプになろう。すなわち、以前の日本型、韓国型と似た、経済部門への行政の関与が比較的強い形態のタイプである。また、中国の場合は更に、共産党の関与の必要性が、特に天安門事件後改めて強調されてきている。また、経済の質的な面においては、従来の大量投資型、非効率的な「粗放型経済」から限られた資源、財源を有効活用する「集約型経済」を目指すようになってきている。
 92年から94年にかけて国内的にも対外的にも投資のブームがあり、その過程で、社会主義国特有の物が無い「不足の経済(或は「行列経済」)」から物が過剰な「過剰の経済」へ変化している。その当然の結果として、「売手市場」から「買手市場」への変化も見られる。
 一方で、93年から経済政策的には、過熱した経済に対する引き締め基調が続いており、それは現在にまで至っている。最近では、消費需要も低迷しており、「デフレ経済」といわれるまでになっている。

3 三大改革(@国有企業改革、A金融改革、B行政改革)の行方
 全国に約11万社あるといわれている国有企業は、就業者数、固定資産額、納税額などが全体の約6割を占めている一方で、工業生産額では3割に満たない現状にある。また、その4割が赤字企業だともいわれている。こうなった原因としては、まず余剰人員が多く、企業が学校や病院といったものまで面倒をみていること、外資系企業との競争などが挙げられるが、最近では能力のある経営者が不足していることが指摘されている。特に不景気にかかわらず賃金の上昇率が比較的高いなど、経営者と労働者が結託して資産を食い潰している構図も見受けられる。
 国有企業改革の具体的な方策としては、@企業の株式化、A産業の合理化、B集団化(合併)等がある。しかし、これは比較的大きな国有企業に対するもので、小規模な国有企業に対しては、自由化(切り捨て)の方針であり、売却、破産などを進めていくとみられる。産業の合理化策の一例を挙げると、繊維産業については、97年から99年の3年間で、就業者1,500万人のうち120万人の合理化、紡錘4,100万錘のうち1,000万錘の完全廃棄(別への払下げを許さず)という政策を取っており、他の産業についても概ね似た方策をとっている。  中国の失業の状況については、登録失業者は、約570万人(3.1%)、国際的基準によれば実質約1,000万人(5%)、レイオフ(一時帰休者)のうち支給額が最低生活標準を下回るものも含めと1,590万人いるといわれている。また、企業内の余剰人員(都市部のみ)については、労働省の統計では10〜12%、国家計画委員会の統計では25%(約2,850万人)と発表されている。国有企業では、今後、「再就職サービスセンター」などを設けることにより、企業の合理化に対応していくこととしている。
 タイから始まったアジアの金融危機の影響は、資本取引を規制している中国へは波及していない。中国の対外的な金融情勢は、国際収支が毎年黒字で、外貨準備高も多く、比較的良好な状況にあるが、むしろ国内的問題、特に銀行の「不良債権」という大きな問題を抱えている。96年末の統計では銀行の不良債権比率で約25%、97年には29.2%と増えつづけており、日本の状況に比べてもより深刻だといえる。この問題については、昨年の党大会でも、大きくとりあげられ、朱鎔基首相はこの金融改革についても3年で解決すると表明している。  行政改革については、今年3月に国の40省庁を29に減らす決定がされ、6月末には国家公務員についても約50%の削減が決められた。これは今年下期にも実行に移される。来年からは地方公務員の人員削減に取り組む予定である。大幅な人員削減の目的は、財政負担の削減、機構の統合による行政能率の改善や規制緩和の推進などが挙げられるであろう。
 

4 住宅改革
 中国において現在進められているその他の改革には、主に財政負担の軽減を図る目的で、@都市住宅制度改革、A食糧流通体制改革、B投融資体制改革、C医療保障制度改革、D財政制度改革などがある。このうち住宅制度改革については、これまでの住宅が企業や政府により現物支給や安価貸与されたことにより企業の赤字や財政負担が増大したため、これを解消し、また経済成長の牽引車としての住宅産業を育成するために推し進められている。具体的な改革の内容は、まず住宅手当を設ける一方で持家化を進め、住宅購入が難しい場合は、既存の住宅の家賃を引き上げる。現在の住宅価格は1u=約2,100元と高いが、将来的にはこれを1u=約1,200元の水準にし、30%の頭金で通常の法定貸出金利より低い金利で借りれるようにしたいとしている。また賃借については、2000年までに家賃の収入に占める割合を現在の4〜5%程度から15%程度まで引き上げたいとしている。この改革については、今年7月から全国一律に実施する予定であったが、地方の反対等で実施できなかった。現在は年内実施を目指している。

5 98年の三大目標
 98年の三大目標は、@8%の経済成長、A3%以下のインフレ率、B人民元の安定維持である。経済成長については上期が7%となっており、極めて達成が難しい状況にある。但し、雇用問題から中国はどうしても8%から10%の成長率が必要であり、その最低ラインである8%の達成のため、特に公共投資による対策(固定資産投資目標を当初の10%を15%から20%への上方修正)や金融緩和策(3月と7月の2度にわたる引き下げ)により下期9%成長を目指している。インフレについては現在はむしろデフレに向っており達成は容易だと思われる。人民元の切り下げについては、貿易が、輸出の鈍化以上に輸入も伸びておらず、今年も400億ドル以上の大幅な黒字が見込まれることから、そういった状況で切り下げることは、国際的な非難の対象になると思われるので、今年中はないと思われる。但し、来年以降経常収支が赤字になれば、切り下げを行うことは十分考えられる。

6 日中経済交流の現状と展望
 日中貿易については、今年は若干前年度より輸出入総額で下回る見込みであるが、これまで比較的順調に推移してきた。特に90年代に入ってから中国への進出企業からの逆輸入の伸びが堅調で、日本にとって中国は米国に次ぎ第2位の貿易相手国である。
 投資については、93年から96年には対中投資ブームもあり、投資額も諸外国の中で米国に次いで2位乃至3位であったが、97年には投資額で6位に落ちた。中国への全体の投資は最近減少傾向にあるが、その主な理由として94年以降の外資への優遇措置の見直しによる影響などが考えられる。但し98年から投資に係る機械設備への課税免除が復活するなど、外資に対する優遇措置を復活させる動きもある。また、日本輸出入銀行が毎年発表している今後の有望投資先国では中国が常にトップにきていることも事実である。
 資金協力については、97末残高で円借款が2兆500億円、輸出入銀行からの借款では3兆円という莫大な金額が供与されている。今年度については、日本の財政的な問題で10%減になる見込みであり、今後もこれ以上の拡大は見込めないと思われる。円借款については現在第4次(96年〜98年)に入っており、プロジェクト内容をみると、以前はインフラ部門がほとんどであったが、近年は環境案件や農業案件のもの、また内陸案件が目立つ。
 中国への経済協力については、長期的には、今後は「量」から「質」へ、「ハード」から「ソフト」への転換を図っていく必要がある。例えば、国有企業改革への「経営管理」或は「民営化」のノウハウの供与、産業のサービス化への支援等が考えられる。短期的には、やはり日本経済の景気回復による円安の回避が重要だと考えられる。



 





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