特  集 韓国 構造調整の現状と展望

                   青山学院大学 助教授 深川 由起子

 9月16日、高岡市において、青山学院大学の深川由起子助教授をお招きして「韓国経済セミナー」を開催いたしました。深川先生には、昨年6月のセミナー(「ジャーナル1997.8増刊号」に掲載)において、韓国経済の構造等について詳しく分析いただきましたが、その後のアジアの通貨危機等により、韓国経済も更に難しい局面を迎えているように思えます。そこで今回は、韓国の経済危機以降の韓国経済について詳しくお話いただきましたので、以下にその一部要約したものをご紹介します。

 現在の韓国の経済は、IMFの支援を受けたものの、当初の外貨不足による通貨危機から製造業やサービス業など実物経済の危機へと進化してきている状況にある。IMFの韓国改革プログラムは、大きく分けて①金融改革、②財閥改革、③労働市場改革の3つを掲げている。IMF支援は、インドネシアの例に見るように、その改革には経済悪化や政情不安などが伴うが、韓国の場合、幸いにも2月末に新しい金大中政権が発足し、他の新興工業国との比較の上では、良くやっているという評価を得ている。

1. 韓国の金融改革
 韓国の金融危機は、日本が直面している危機より数倍深刻な状況で、現在、金融機関の再編を強力に進めている。金融危機は、94、95年の円高進行時に、財閥が膨大な設備投資を行ったが、これに金融機関が野放図に貸し込んでいき、最新設備が立ち上がった時期には円安に転じたため、結果的に膨大な在庫を抱えるに至った。これにより、金融機関は莫大な不良債権を抱えることになったことによる。金大中政権はこれまでのしがらみが無い新しい政権のため、金融監督委員会の完全分離独立やそこでの金融改革の集中処理に見られるように、非常に思いきった措置をとることができた。まず、30社のノンバンクのうち現在は14社だけが残っており、残りは清算された形になっている。銀行については、IMFに支援を要請した時点で、BIS規制の8%を守れない銀行が12行、またそれ以外に大手銀行のうち2行は債務超過に陥っていた。12行については、セレクションにより一部猶予措置を取るとともに、6月に下位都銀や地銀5行をBIS達成銀行に強制合併させたように、かなり厳しい政策をとっている。債務超過の2行については、公的資金の一部注入の上、外資への売却を検討している。その他の証券や生保などについても、経営是正命令や営業停止処分などの措置を取りながら、経営状況が悪い金融機関に対しては、合併を進めている。

2. 財閥の構造調整
 財閥の構造調整の中心は、どの企業を残しどの企業を潰すかの取捨選択にあるが、一つの問題は、財閥企業の財務内容の不透明性があり、銀行もグループ全体の経営状況を把握できていない。また、系列企業どうしの相互債務保証や株の持ち合いによりクモの巣のように持たれ合った構造になっているため、基幹企業が潰れると、グループ全体がおかしくなるといった面もある。10月には、IMFの指示により連結財務諸表を出させるなど透明性の高い会計制度の導入が図られたり、会計事務所に対する罰則規定が強化されるなど徐々に改善が図られる見通しである。また、系列企業の中でお互に債務保証をしている問題についても、新規の支払保証の禁止や債務保証比率100%以下を目指している。
 従来からの財閥企業の経営悪化の一つの理由は、多額の借金経営にある。97年当時で30大企業グループの負債比率は1000%と信じられない数字であり、経営が比較的まともな5大財閥においても300%に達していた。これを短期間に落とすことが至上命題となっており、政権もかなり強力に推進しているが、人員整理や資産の売却は、不動産市場の低迷等により思うようにならないのが現状である。
 韓国の財閥はこれまでの日本の銀行と似た面があり、これだけ大きいのだから絶対に潰されないはずだという甘えがあった。これに対して6月に金大中大統領は、55社を市場から強制退去させるという措置を発令したが、5大財閥の中の企業は、系列企業に合併吸収するなどによりなかなか実効があがらなかった。その後、5大グループについては、別途産業再編という次元から、それぞれの財閥のメインバンクで対象企業を調査し、商業手形が落ちないような企業を倒産させる「ワークアウトプログラム」という企業整理策をとっている。
   財閥経営のもう一つの問題点は、企業の法的管理がしっかりしておらず、財閥の2代目、3代目オーナーが、父親を超えようと、流通事業など広範囲にわたって事業を拡大しすぎて失敗するように、一族経営に対するチェックがきかない点がある。最近では社外理事などによる監査機能の強化が言われているが、財閥のオーナーは個別企業の代表権をもたない株主として全グループを実質支配をしているケースが多いので、経営責任が問われない構造になっている点も批判を浴びている。
 当初、財閥の再編策として、ビックディールと呼ばれる事業交換(グループ間の業種の三角トレードのようなこと)で調整を図ろうとしていたが、それぞれの技術や顧客が違うことなどからうまくいかず、現在は経済団体が主導で表1「7業種の構造調整案」により、事業交換或は遊休設備の統合が進められている。一方財界の要求として、膨大な負債の出資転換や満期の延長が政府に要望されており、政府と財閥との激しいぶつかり合いが今後続いていくともの思われる。

   <表1> 7業種の構造調整案(9.4現在)

業   種 関係「財閥」 措   置
半 導 体 現代電子、LG電子 合併、ただし持ち分比率係争中
石油化学 現代石油化学、三星総合化学 事業統合の後、外資誘致
自 動 車 現代・大宇・三星自動車 起亜流札なら3社調整
航   空 三星航空・大宇重工業の航空事業本部、現代航空 3社対等合併
鉄道車両 現代精工、大宇重工業、韓進重工業で共同出資の単一法人設立 共同出資で単一法人
特殊は資産評価で決定
発電設備
船舶用エンジン
三星重工、韓国重工、現代重工 三星の関連部門を韓国重工に売却、後に現代が統合、経営権一元化は協議中
精   油 現代精油、ハンファエナジー 現代がハンファを買収

3. 労働市場改革
 3点の改革のうち、一番難航しているのが労働問題である。金大中政権の発足と前後して整理解雇法ができ、法的には経営難を理由に解雇が可能となった。しかし、韓国は長年の労働運動の歴史や財閥経営者の責任回避の状況から、労働者の納得は得られにくい背景もあり、大変激しい労働争議が結果的に発生している。政府も3月に総合失業対策や失業保険の拡大など行っているが、失業 保険のカバー率がもともと低いことや職場異動に対する抵抗もあり、企業と労働者のせめぎ合いは益々激しくなっている。特に大企業のホワイトカラーなど高給層が解雇のターゲットになってくるが、いざ解雇を発表すると機動隊が出動するほどの騒ぎとなり、簡単に首が切れないのが現状である。また、現在英米系企業が企業買収に動いているが、人切りできるということが前提となり、そこがネックになっている。

4. 構造調整に伴う問題
 その他、構造調整に伴う問題としては、まずIMFによる銀行のBIS規制8%により、銀行はひたすら回収するか、徹底して貸し渋っている状況にあり、産業基盤そのものが崩壊する懸念が強まっている。また、金大中大統領は企業に対して構造調整を強いているが、一方で雇用をもたせたいと、基本的に矛盾したことを求めている。しかし現実には解雇せざるを得ず、もはや労組を抑え きれなくなりつつある。
 韓国は外貨準備の積み上げのため、外国からのフレッシュマネーを必要としている。しかし、国際金融市場というのは非常に利己的で残酷な面があり、一方で構造調整を求めながら、その一方で市場原理を導入しろという。しかし、早く構造調整をやろうとすると、政府が出ていかざるを得ず、その結果政府と癒着して不透明だと評価される。ただ、公認会計士や倒産法を扱える弁護士の数は絶対的に少ないため、市場原理と法原則だけでは処理しきれないのが現状で、どうしても国際的評価が上がらないというジレンマがある。今後の韓国がどうなるかを見る上で、財閥に銀行を持たせるか、財閥に持ち株会社を持たせるかが大きな問題になってくると思われる。特に当初財閥解体までやるといっていた金大中大統領も政治要因により腰砕けになっており、このままでいくと財閥が銀行を持ってしまうことになり、仮に経営に失敗しても、金融システムは潰せないということになってしまう。

5. 今後の見通し
 構造調整により韓国経済がどのくらいで立ち直るかについては、今年は恐らくマイナス6%台の成長になり、来年でも恐らくマイナスが続き、多分3年目には底値感が出てきて、外資も流入し出すと思われる。現在多くの銀行を潰したことが、実物経済に影響し、輸出も伸びない以上に輸入が激減するので、今年は国際収支は黒字化し、外貨は積み上がっていく。来年以降は、輸出基盤が弱体化しているので、その時期を乗り越えられるかが問題である。故に楽観的に見ても、安心できるのは4、5年先、もし、財閥自体が韓国から資本逃避するようなことになれば、中南米化して、約10年の歳月がかかる大変大きなショックになるだろう。また、別の次元で、北朝鮮の問題があり、北朝鮮がもたない場合、短期資金は一斉に引くので、韓国は時限爆弾を抱えながら経済運営を進めていかざるを得ない状況にある。
 以上、マクロの経済情勢は暗いが、それは必ずしもビジネスチャンスが無いということとは別の問題である。もちろん韓国の需要に期待することはできないが、今回のIMFショックによって、韓国との商売の面で、日本に対してだけあった輸入規制が来年の6月には一切無くなり、投資についても100%出資が可能になり、不動産取得も全面開放されるなど規制緩和も進んでいる。また、一つのいい面としては、財閥の系列企業が実質上バラバラにされて過剰投資した最新設備の工場が、バーゲンセールに出されているため、少し安定してくれば工場の取得も考えられる。さらに中堅の独立系企業で例えば電子部品や事務用機器などを作って堅実にやっている輸出型企業は、為替の追い風もあり、パートナーにすることも考えられる。
 韓国には明るい材料は少ないが、長期的には隣国でもあり、日本人にとってわかりやすい企業カルチャーがあるので、今後企業の透明性が高まれば、合理的なビジネスが展開されていくと思われる。

  <表2> 韓国開発研究院による当面見通し (対前年度比、%)

  1998年
第3四半期
1998年
 通 年 
1999年
 通 年 
成長率 -4.5 -4.2 1.8
  総消費 -11.7 -9.8 1.8
  総固定投資 -33.7 -29.3 1.1
   設備投資 -49 -42.2 4.7
   建設投資 -23 -20.5 -4
  総輸出 13.6 15.8 2.6
  総輸入 -14.9 -16.7 20.2
経常収支(億ドル) 73 348 186
 貿易収支 89 346 231
   輸出(伸び率) 345(-1) 1402(1.1) 1451(3.5)
   輸入 256(-26.5) 1025(-27.7) 1220(19.0)
   サービス収支 -16 -16 -45
消費者物価上昇率 7.2 7.2 3.2
生産者物価上昇率 15.2 14.7 3.3
失業者 7.5 7.5 7.2
            出所:韓国開発研究院(KDI)の98年7月予想

(なお、本文は事務局で要約しており、先生の講演内容が必ずしも正確に記載されていない個所もあろうかと思いますが、ご了承下さい。)
 





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