福井アドバイザーの 海外ビジネスコラム

第30回 中国がTPPに加盟申請

(公財)富山県新世紀産業機構 アジア経済交流センター
海外ビジネスアドバイザー 福井 孝敏

9月16日、中国がTPP(環太平洋経済連携協定)への加盟を正式に申請した。
申請書を提出した先はニュージーランドである。これはTPP協定の原型となった貿易協定の締結国がニュージーランド、シンガポール、チリ、ブルネイの4か国(P4と呼ばれている)である事からTPPの寄託国となっているためで、加盟を希望する国は国内手続きが完了した後にニュージーランドに申請を提出する事になっている。日本は本年(21年)TPPの議長国であるが、申請を提出する先ではない。
中国は既に20年11月に開催されたAPEC(アジア太平洋経済協力会議)の首脳会議で習近平国家主席が「TPPへの参加を積極的に考える」と公式に表明していたが、米国がTPPを脱退したトランプ氏からバイデン氏に大統領が代わった事で22年にもTPP復帰への動きが出る可能性も踏まえ、この時期での加盟申請となったと考えられる。

TPPは上記の通り、P4と呼ばれる4か国で締結された貿易協定にその後、米国、豪州、ペルー、ベトナムの4か国が2010年に交渉に加わり、更にマレーシア(2010年)、カナダとメキシコが2012年に加わって計11か国で交渉が進められた。日本は民主党政権時の2011年11月に交渉参加に向けた協議を開始する旨の表明を行い、実際に交渉に参加したのは安倍政権になった2013年7月である。
この計12か国で交渉が進み、2016年2月に協定の署名が行われた(TPP12)。その後各国で発効に向けた作業が行われ、日本は2016年12月に国会で承認された。そして2017年1月20日に手続きが完了した事を寄託者であるニュージーランドに通報した。
しかし、その通報した日に米国大統領に就任したトランプ氏によって1月23日、TPP12からの脱退を表明する大統領覚書を発出した。TPP12はその発効要件として「12か国中6か国の手続き完了」に加えて「6か国のGDPの合計が12か国のGDP合計の85%以上」と言う要件があったため、米国が加わらない協定の発効は事実上不可能となった。
しかし、残りの11か国はTPPの戦略的・経済的な意義を認め、米国を除く11か国で交渉を続け、当初の協定から知的財産権の扱い等一部の修正を行い、2018年3月に「TPP11」の署名が行われた。併せて協定の名称も「環太平洋パートナーシップに関する包括的且つ先進的協定(Comprehensive and Progressive Agreement for Trans-Pacific Partnership、CPTPP)」と変更された。その後、参加国中6か国の国内手続き完了を以って、2018年12月に発効となった。 2021年になって、EUを離脱した英国が2月にCPTPPへの加盟を申請し、同年6月に全締約国(現在、7か国)の同意を得て、加盟交渉が行われる事になった。

さて、中国はなぜこのタイミングでCPTPPへの加盟を申請したのだろうか?
勿論、加盟する事は中国にとって国際政治・経済戦略上の主導権を確保するための重要な手段であろう。
2020年11月に署名されたRCEP(地域的な経済包括連携)協定には中国も参加していて、これは2022年1月にも発効が予定されている。RCEPの参加国はASEAN10か国に加えて、日本、中国、韓国、豪州及びニュージーランドの15か国である(当初はこれに加えてインドが参加予定であったが、最終局面で参加を見送った)。中国はこのRCEPに加えてCPTPPにも参加する事によって世界の中での圧倒的な存在感を示したいのであろう。
ただ、中国はRCEPよりも数段厳しい条件が課されるCPTPPに参加する事が可能であろうか?
例えば、①CPTPPでは国有企業への補助金支給を禁じているが、中国で今起こっている事はまさに「国進民退」、即ち国有企業優先政策である。最近は中国の近年の高度成長を牽引してきた民間企業への統制強化が目立つ。特にアリババ集団等のIT関連企業や教育産業等への締め付けである。
また、②CPTPPではデータ流通の透明性・公平性の強化を求めているが、中国では逆に「ソースコードの開示要求」がある。この規定はRCEPには当然入っていない。更に③CPTPPでは政府調達で内外企業の無差別が原則だが、中国では安全保障の名目で例えば医療機器等広範な機器を内製化するために、政府調達で外資を排除している等等、中国にとって極めてハードルの高い規定をクリア出来るか。
CPTPPでも例外規定が無い訳ではない(個別の国有企業を規制から外すとか、サイドレターで個別に規制を免れるとか)ので中国は交渉の過程でハードルを下げさせる事等考えているかも知れない。
実際、中国の参加申請が出た段階でシンガポールやマレーシア等が好意的な反応を見せているが、メキシコは高い基準を順守する国には門戸は開かれているとして慎重な反応を示している。いずれにしても、加盟交渉入りには協定締約国すべての同意が必要となるので今後の展開が注目される。因みに、2022年の議長国はシンガポールである。

ここに来て、新たな大きな動きが出て来た。それは9月22日に台湾がCPTPPへの参加申請を提出した事である。台湾は既にCPTPPへの関心表明は行っていたが、中国の加盟申請(9月16日)を見て申請を急いだと見られる。
台湾は1991年に発足したAPECには「中華台北(Chinese Taipei)」の名で加盟しているが、93年以降は中国の反対で首脳の参加が阻まれている。また、台湾はWTO(世界貿易機関)にも加盟している。WTO、APEC共に台湾の加盟名義は「台湾、澎湖、金門、馬祖から成る独立の関税地域」と言うものである。CPTPPも新規加入の対象を「国または独立の関税地域」と規定しているので、協定上は加盟は問題が無い。
中国は台湾のCPTPPへの加盟は「一つの中国」原則から断固反対する事は必至(実際、23日に外務省報道官がその旨表明済み)であり、そのための動きを強めて来るであろう。
CPTPP加盟へのハードルは中国に比すと台湾はそこまで高くはないかも知れぬが、中国を外して台湾を加盟させるのは中国の猛反発を招くだけであろう。いずれにしても、現加盟国は中台の間で難しい判断を迫られる事になる。
カギは米国である。既にCPTPPは脱退しているが、バイデン政権内でもRCEPに続いてCPTPPにも中国が加盟するとアジアの経済圏の中で中国が圧倒的な位置を占める事になり、それを看過すべきでないとの意見もあるようだ。
中国の経済力の前にCPTPP加盟のハードルを下げるべきではないし、毅然たる対応が求められる。

2021年 9月24日 記