福井アドバイザーの 海外ビジネスコラム

第32回 タイとサウジアラビアの国交正常化で思う事

(公財)富山県新世紀産業機構 アジア経済交流センター
海外ビジネスアドバイザー 福井 孝敏

大方の人が気づきもしなかったが、今後、意外に面白い発展をするかも知れないニュースが1月末にあった。 それは、タイと中東の盟主、サウジアラビアが約30年ぶりに外交関係を修復する事で合意したニュースである。 1月25日にタイのプラユット首相がサウジアラビアを訪れ、サウジ側のムハンマド・ビン・サルマン皇太子(MBS)との間で近い将来、相互に大使を任命し、両国の経済・貿易関係を強化するとの共同声明を発表した。 サウジは1989年に起きたタイ人の王室従業員が約2,000万ドル相当の宝石を盗んだ「ブルーダイヤモンド事件」以来、タイとの関係を格下げしていて、この事件の翌年にはタイでサウジの外交官3人が殺害されると言う事件まであった。 相互に大使は引き揚げ、両国間の直航フライトも運航を停止した。 また、当時5万人くらいサウジにいたタイ人労働者の滞在ビザを大幅に制限したり、サウジ人のタイ渡航も事実上禁止した。当然、両国間の貿易も大幅に縮小した。 プラユット首相は今回、「1989―1990年に両国間で起きた悲劇に深い憂慮を表明し、事件について新たな証拠が見つかれば当局に対応を指示する」と述べた。 今回の合意を受けて、タイの経済界はタイからサウジへの輸出の拡大(昨年のサウジ向け輸出は全体の0.6%程度だったが、これが2%以上に拡大するだろうと予測し、またサウジ人のタイ訪問観光客も増加が期待されるとしている。 2019年にタイを訪れた中東からの観光客は70万人で、うちサウジ人は3.5万人に過ぎなかった。 また、サウジアラビア航空は5月にもタイ直行便を再開するとしている。

今後、両国関係はどのように発展するであろうか。 先ず、タイから見れば、サウジへの輸出が拡大するであろう。自動車・同部品、食品や電子機器等が有望であろう。特に食品はイスラム食品のハラル食品の輸出拡大が期待される。 また、大幅に制限されていたタイ人労働者のサウジへの入国も拡大するであろう。建設関係や接客術に長けているホテル等の観光業が考えられる。 また、タイが注力しているMedical Tourismでもサウジ人のタイ渡航が拡大すると思われる。タイは2002年以来、このMedical Tourismを国策として推進している。タイは、
・東南アジアでは最も先進的な医療を受ける事が出来る
・自国の医療費よりも安価で医療を受ける事が出来る
・ホテル並みの施設で治療を受ける事が出来る
国である。 タイは、JCI(国際医療施設認定合同機構)と言う医療の質と患者の安全に関する第三者評価認証機関の認定を受けた病院が52あり、これは世界で4番目に多い。因みに、日本は18病院のみで世界で15番目。 このため、中東諸国からは毎年数多くの人がタイで医療を受けるためにタイを訪れていて、医療目的でタイを訪れる人は年間300万人に達すると言われている。 実際日本からも人間ドック等の検査や治療をタイで受けるためにタイを訪れる人も多い。医療保険が適用されないレーシック手術、ダイエット手術や性別適合手術等をタイで受ける人もあるでしょう。

サウジにとってはどうであろうか。 世界の気候変動問題で「脱炭素化」が急速に進んでいく中で、石油はその需要が今後大きく減少してゆくと思われる。 言わずもがなだが、サウジは世界最大級の原油輸出国で輸出収入の90%、財政収入の80%は原油の輸出で賄われている。 従い、世界経済での石油の地位低下は同国にとっては死活問題である。 タイは原油の純輸入国で原油供給量の80%以上を輸入に依存している。タイの原油輸入先で最も多いのがサウジであり、それをタイ国内の製油所で精製して各種の石油製品を生産している。因みに、タイは石油製品では純輸出国である。 また、タイは東南アジアでは有数の石油化学産業を擁していて、自国内だけでなく、ASEAN諸国内にも拠点を築きつつある。最近では特にバイオ化学に注力している。 最大の企業はPTT(タイ石油公社)でタイ市場では最大の時価総額を誇っていて、最近では台湾の鴻海と組んで電気自動車生産にも進出を発表している。 また、東南アジア最大のセメント企業であるSCG(Siam Cement Group)も石油化学ではタイでも最大級の企業で、既にイランやベトナムにも進出している。
こう見てくるとサウジは原油の販売先としてのみではなく、下流の石油化学産業への進出も狙っているのかも知れない。 従い、サウジ原油のタイ向け輸出拡大や、下流の石油化学産業へのサウジの進出と言った可能性が指摘できる。  このように今回のタイ・サウジ関係の全面的復活は両国にとって得るところが極めて大きいように見える。

筆者はここで新たな視点を提供したい。 それはタイ政府が推進している南部地域の開発プロジェクトと関連する。 本コラムの21年9月10付けでタイのSEC(南部経済回廊)構想が今後のタイ経済の発展の跳躍台となる可能性について報告したが、このタイ南部のアンダマン海とタイ湾を連結する所謂Land Bridgeについては、2月17日付けの日経新聞が大きく報じた。(▶日経新聞ウェブサイト(会員限定)へ) その中で、中国が米中対立とインドシナ半島を縦断する汎アジア鉄道の建設を見据えて、マラッカ海峡や南シナ海の代替ルートとしてLand Bridgeに関心を表明しているとある。即ち、陸上経由でインド洋へ抜けるルートを中国が確保できることを意味する。 このプロジェクトは鉄道と道路で半島の東西を連結するもので石(原)油の輸送(パイプライン)は含まれていない。それは現地の地形が急峻な山岳地帯でパイプラインの建設が不可能な為である。

筆者の新たな視点とは、Land Bridgeの別のルートである。(▶PDF資料) それは前掲のコラムでも触れたが、現在のLand Bridgeよりも南方で地形がほぼflatな場所である。半島の東西間の距離は長くなるが、Flatであるので石(原)油パイプラインの建設が容易である。 このパイプラインがサウジアラビアを引き込む最大のincentiveとなる。 即ち、中東産油国にとって今後自国の原油の販売(輸出)を強化する地域は石油需要が世界で最も拡大するアジアである事は明らかで、サウジがこのパイプラインに参加すればアジアのど真ん中に原油の販売拠点を保有する事になり、ここがアジアでの橋頭保となるのである。 ここに併せて巨大な原油貯蔵タンクを設置すれば、アジアの原油の輸入国はサウジ原油をアジアと中東の真ん中のタイでFOBで購入する事が出来る。 場合により、タイ湾側に石油の製油所を建設すれば原油のみでなく、石油製品の購入も可能となる。 そうなると、中国は汎アジア鉄道経由で「タイから陸路で」(=南シナ海を経由せずに)原油や石油製品を自国に供給出来る事になる。

 冒頭に述べたタイとサウジの関係正常化で次のステップはサウジのMBSの訪タイであるが、その際のテーマは「エネルギー」「タイからの労働力輸出」と見られているが、上述の構想をタイ側が持ち出すのかは不明である。 石油は「脱炭素化」の中で半ば「座礁資産」と見られているが、石油製品や航空燃料等の供給を考えれば暫くの間は需要が途切れる事はないと思われ、トライしてみる価値はあると考える。

以上
2022年 2月28日 記