福井アドバイザーの 海外ビジネスコラム

第34回 再び注目されるタイ向け投資

(公財)富山県新世紀産業機構 アジア経済交流センター
海外ビジネスアドバイザー 福井 孝敏

日本銀行は4月10日、「2022年(暦年)日本の対外直接投資統計(ネット、フロー)」を公表した。(別表1参照)
それによると日本の対世界全体向けの投資は前年比31.8%増の21兆2,330億円だったが、対ASEAN(東南アジア諸国連合)向けは前年比9.9%減の2兆6,539億円であった。日本の対外投資全体にASEANが占める割合は11.7%と最大の対米国(36.9%)の1/3程度であったが、対中国(5.2%)の2.4倍であった。
ASEANを国別で見ると、最大の投資先はタイで前年比約2.3倍の7,757億円だった。次いで、シンガポールが58.9%減の7,035億円、ベトナムが9.4%減の3,769億円の順となった。インドネシアは2.3倍の3,344億円、マレーシアは2.3%増の2,233億円とほぼ横ばい、ミヤンマーは政情不安もあってか、マイナス9億円と引き揚げ超過となった。
また、業種別で見ると、ASEAN全体では非製造業が全体の66%を占めた。卸・小売業はシンガポール向けが大きく伸び、前年比4.5倍の6,255億円で、金融・保険業はタイ向けを中心に53.2%増の5,543億円であった。
製造業では、電気機器が93.2%増の2,011億円と最も多く、次いで鉄・非鉄・金属が2.4倍の1,649億円、化学・医薬が86.5%減の1,518億円となっている。
特にタイ向けを見てみると、現行基準での統計が開始された2014年以降で見ると最高額となった。内訳では、金融・保険業が前年比4.8倍の4,459億円で最も多く、また電気機械が5.3倍の923億円となっている。
この数字には含まれていないが、最近、タイでは村田製作所が世界トップシェアの積層セラミックコンデンサー(MLCC)の新工場の建設を発表したし、ソニーも2024年度中にこれも世界トップシェアの車載向けイメージセンサーの新工場の建設を発表している。

このように最近は再びタイが投資先として注目を集めている。従来からタイが投資を引き付ける魅力として「ASEANの中心の地理的位置」「産業の厚みはASEAN随一で余程の特殊な材料・部品以外はタイ国内で入手可能」「政情が比較的安定している」等が挙げられているが、最近はこれに加えて、タイの外資受入れ窓口であるBOI(投資委員会)が昨年10月に発表した新しい投資促進戦略(2023年1月発効)に注目したい。
その柱は、①投資奨励産業となるターゲット産業の追加と②投資の恩典の追加である。
特に、タイがここからの経済発展の基本路線として掲げる「BCG経済への移行」に沿う動きが活発化しつつある。「BCG経済」とは、「Bio(バイオ)」「Circular(循環型)」「Green」の事で、日本企業もこれに沿い、「次世代自動車関連」「新・再生エネルギー」「未来食品」等で新たな動きを見せている。(合わせて、2021年5月20日の第24回コラム参照)

中でも耳目を引いたのが、トヨタ自動車とCPグループの協業である。これはトヨタがタイ最大の財閥グループであるCP(チャロンポカパン)と協力して CPが運営する家畜事業(養鶏、養豚)で発生する糞尿から出るバイオガスを活用して「水素」を生産し、CPグループの配送トラックをFCV(燃料電池車)にして、即ち水素で車を走らせ、またconnected技術を活用したトラックの最適配送ルートの提案等物流の効率化を進めるという事業である。トヨタは既に昨年11月にタイ国営石油会社のPTTと協力してタイで初となる水素ステーションを設置している。
また、三菱重工業はタイ発電公社(EGAT)とクリーン燃料発電、水素、CCUS(CO2回収・利用・貯留)技術に関する調査を実施するし、また大手発電事業者であるEGCOと石炭火力発電所でのアンモニア混焼(=CO2削減)で連携すると発表している。
「再エネ」では、住友ゴム工業がタイのタイヤ工場で太陽光発電設備やガスコジェネレーションシステムを導入するとか、味の素は工場にバイオマスコジェネレーション設備を導入する(もみ殻を燃料にして蒸気を発生させ、工場で使用する全ての蒸気をバイオマス由来とし、且つ蒸気タービンで発電を行い電力の一部を自家発電とする)としている。
「バイオ」関連でも、協和発酵バイオ社がタイで豊富にとれるキャッサバを利用してアミノ酸(ヒスチジンーこれを含む餌が養殖サケの白内障予防やサケ同士の衝突を防ぐ効果あり)を生産したり、昨年からはHMOと呼ばれるヒトミルクオリゴ糖の生産を開始していて、これはヒトの初乳に多く含まれる成分で乳幼児にとって重要な成分であるのでこのHMO入りの粉ミルクの需要に対応するものである。
また、昨年BOIが打ち出した新政策では、これまでは新規投資にしか適用されなかった投資奨励措置が既存の投資事業でも適用が認められる事になった事も特徴的である。既存事業の拡大や新機能の追加(例えば、既存事業に研究開発(R&D)機能を追加する等)にも恩典が付与される。
更に、恩典措置の最大のメリットである法人税の免除についても、これまでの最高は10年間であったが、これが最長13年まで延長された。対象は、学術・研究機関と協力して技術移転を伴う高度技術とイノベーションを使用する上流産業、ターゲット技術(バイオテクノロジー、ナノテクノロジー、先端材料技術)で、ここにタイが現状の「中所得国の罠」から抜け出そうとする強い意欲が見える。

タイへの外国投資はこれまで日本が断トツに多かったが、最近は中国の進出がすさまじい。特に、EV(電気自動車)関連企業の進出が顕著である。(別表2参照)
昨年タイで販売されたEVは9,729台で総販売台数の1.1%だが、前年の2,425台から一気に4倍に増えている。
販売されたEV上位10車種のうち、4車種は中国のEVで合計80%を占める。因みに日本のEVで最大は日産で11位(1.4%)である。
中国は現在は中国からの輸入車をタイで販売しているが、タイ政府のEV工場誘致政策に乗り、中国メーカー3社がタイでの生産工場建設を申請・計画している。
日本はEVについては中国の勢いに押されがちだが、逆に中国メーカーに対して日本企業が強い部品・材料関係で売り込みを図るチャンスであろう。
例えば、日本ゼオンは既にリチウムイオン電池用のバインダー生産計画を発表しているし、キョウデンは今後EV化・電装化により大きく需要拡大が見込まれる多層系プリント配線板の生産を計画している。三菱重工業もEV用電動コンプレッサーの増産を計画している。
富山県企業も多くの自動車関連企業がタイに進出しているので、納入先として 日系のみでなく、中国メーカー向けも積極的に検討を進めて欲しい。
富山県は2014年にタイ工業省と協力についての覚書を締結していて、工業省は県内企業のタイでの活動に積極的な支援をしたいとしている。

別表1 日本の対ASEAN直接投資(フロー)

出所 ジェトロ「ビジネス短信」

別表2 外国資本によるタイへの直接投資額(認可ベース)

出所 ジェトロ「ビジネス短信」

以上
2023年 4月28日 記