“民族文化から学ぶもの”
                          環日本海貿易交流センター・アドバイザー
                                理事・調査部長
 野村 允
 
 
 これまで、何度か対岸諸国(ロシア、中国、朝鮮半島)を訪問した折、 日本の文化との違いに戸惑いを感じたことがあった。
 昨年4月、新しく「環日本海文化論」の講座を担当することになり、 急遽、対岸諸国の歴史、文化などを勉強しなければならない羽目になった。 その過程で、対岸諸国の各々の生活、行動、考え方の中に、各国固有の文化が 潜んでいることを知ることができた。そして、中国古典の名言“教学は相長す” (『礼記』学記…教えることと学ぶことは互いに助け合っうものだ)の意味を改めて味わうことができた。



1.韓国と“茶”

 私がこれまで利用した韓国のホテルの室には、茶の準備がなかった。また、訪問先では、 中国と異なり、茶の接待がないことに気付いた。ある訪韓時、同行した韓国の大学教授に その点を確かめたところ、韓国には飲茶の風習がないという返事であった。 翌朝、韓国の大学教授は、レストランで持参の薬材に注文した熱湯を注ぎ、 やがておいしそうに薬湯を飲んでいた姿が印象的であった。
 昨年、韓国文化に関する本を何冊か読んだ結果、その背景がほぼわかった。
 朝鮮半島では、7世紀ごろ、中国から佛教とともに飲茶の風習が伝わり、以後、 特権階層、僧侶を中心に飲茶し、また茶は貴重な進物用に使われていた。 しかし、14世紀ごろ、儒教の台頭によって佛教が後退し、それに伴って寺院での 製茶および飲茶の風習が消えていった。これは、当時、飲茶の風習が特権階級、 僧侶にとどまり、広く一般大衆にまで浸透していなかったことに大きな要因があるように思われる。

 2.中国と“民話”

 今、中国は“向銭看”(拝金主義)が蔓延し、そのため訪中した人たちの多くが苦い経験を味わったようである。
 本来、中国人は“向銭看”を讃美してきた国民なのだろうか。私の手もとに、中国遼東省大連市で 過ごした少年時代に愛読した中国の民話集「星・海・花(遼東伝説)」(1939年)がある。この中で 遼東省旅順市老鉄山に伝わる民話“黄金小孩”(黄金の子供)がある。以下、略述しよう。
 老鉄山は金が産出した。金の埋蔵場所を知っているのが、4、5歳位で、黄金の体をした“黄金小孩”である。 小孩は、春や秋の風のない暖かい日、突然、姿を現し、右手を額にかざし、そっとどこかを指差す。その指差した 所に金が出る。しかし、小孩は金のある場所を教えてもらって、大金持ちになろうと考える人の前には決して姿を見 せない。だから、今まで“黄金小孩”の姿を見た人はいないという話である。 この本の中には“金の蛙”“池の底を照らす鏡”など金の亡者への戒めを説く民話がいくつか掲載されている。
 中国民話を読み返し、中国においても“向銭看”に対する戒めが古くから言い伝えられてきたことを知らされ、 思わずほっとした。

3.北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)と儒教

 昨年、UNDPの協力もあり、北朝鮮の若きテクノクラート(専門技術者)たち110名が、アジア、欧州などを中心に、 海外研修を行った。
 研修課目は、国際金融など市場経済に関するものが主体であった。本年も、アメリカなどで近代経済学の勉強 する計画があるということである。
 ただ、6カ月の短い研修ではあったが、多くの研修生たちは、帰国後、頭痛が続いたということである。 これは、儒教の優等生であり、“士農工商”の思想が根づいている北朝鮮の人たちにとって、資本主義に関する 勉学が大変苦痛だったことを意味しよう。『朝鮮民族を読み解く』古田博司著の中にも、 「季朝時代の一般庶民は、商人卑賤視、商業抑圧のイデオロギーとその実践の被害をまともにこうむり、 ほとんど自給自足に近い極貧の経済の中で、500年間の生の営みをくりひろげねばならなかったのである。 この商業蔑視感は、遺産として確実に北朝鮮にも受け継がれていた。(以下略)」とある。
 ただ、最近、羅津・先鋒経済貿易地帯への外資進出件数は200件あり、このうちの95%は中国吉 林省からの進出であるといわれている。業種としては、9割以上がレストラン、小売店、カラオケ、 旅行社などサービス業ということであり、今後、北朝鮮の一般市民たちにとっても市場経済への認識が少しずつ 深まっていくものと思われる。

 4.ロシアと“和鬼洋才”

 今、ロシアは、国家、国民ともに自らのアイデンティティーを見失っているようである。
 近年、ロシアではモスクワの百貨店、スーパーに陳列されている欧州のブランド品や日常生活品、 また“チャーイ”(ロシアの紅茶)の代わりにコーヒーを愛飲する生活などに代表されるような “西欧派的”な動きがエスカレートしているのに対して、最近、ファンタジー文学や宗教音楽への 人気の高まりなど一種の“スラブ派的”な動きもみられる。まさに19世紀初めごろに起こった強い 欧州への憧れを抱く「西欧派」と逆にロシアの伝統文化、宗教を尊重しようとする「スラブ派」の対立、 二つの思想の潮流の相剋(そうこく)の再現をうかがわせるようである。
 このロシアの様相は、幕末のころの“和魂洋才”の考え方をめぐる論争に相似しているように思われる。 ロシア文化は、外来文化をすべて貪欲に吸収し、ロシア化させてしまう特性があると言われている。やがて、 ロシアは、二つの思潮の相剋の中で、新しいロシア固有の方向を見出すだろう。ロシアは、ひたぶるに信ずるのみである。
 




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