“99年上半期のロシア経済・金融情勢”
                          環日本海貿易交流センター・アドバイザー
                                   
 白鳥 正明

1.99年上半期のマクロ経済動向
  99年上半期のロシア経済は[第1表]にみるように、工業生産は3月から前年水準を上回り、 農業生産も7月には前年水準を超えた。鉄道貨物輸送量は年初から前年同期を上回り、5月からは 急増を示した。固定資本投資額は前年水準のほぼ横ばいで推移した。これは実体経済部門の生産改善に よるものであった。

[第1表]99年上半期マクロ経済指標
  1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月
工業生産
(前年同期比 %)
97.6 97.0 100.4 100.6 106.0 109.0 112.8  
農業生産
(前年同期比 %)
94.4 94.4 94.8 96.9 97.9 97.8 102.4  
鉄道貨物輸送量
(前年同期比 %)
101. 105. 106. 108. 113. 114. 117.  
固定資本投資額
(前年同期比 %)
97. 99.5 99.8 98.4 98.8 99.8 99.0  
消費者価格指数
(前年末比 %)
108.4 112.9 116.0 119.5 122.2 124.5 128.0 129.5
登録失業率(%) 13.8 14.1 13.6 13. 12.4 12.4 12.4  
実質国民金銭所得
(前年同期比 %)
70.1 72.0 73.4 73.2 76.0 77.2 72.7  
国民貯金率
(金銭所得比 %)
4.8 13.2 10.9 18.1 14.3 16.2 14.7  
内証券購入(%) 2.7 4.6 2.3 4.4 4.1 4.8 4.3  
外貨購入(%) 8.6 7.6 11.5 7.1 6.7 8.0 10.3  
手許現金(%) ▼6.6 1.0 ▼2.9 6.7 3.5 3.4 0.1  
輸出額(FOB、億ドル) 47.8 48.1 60.3 64.6 52.5 53.9    
輸入額(FOB、億ドル) 28.5 28.9 34.0 35.7 30.0 33.2    
貿易収支(億ドル) 19.1 19.2 26.3 28.9 22.5 20.7    
公定相場(ルーブル/$) 22.60 22.86 24.18 24.23 24.44 24.22 24.19 24.75
外貨現金
流入超過額(億ドル)
4.49 3.80 9.95 3.88 2.44      
公定歩合(年%) 60.0 60.0 60.0 60.0 60.0 55.0 55.0 55.0
営業中の銀行数※ 1,476 1,474 1,456 1,433 1,422 1,407 1,401 1,390
           ロシア中央銀行公表資料により作成。 ※印は各月1日現在の数を示す。
 
 ロシア中央銀行公表資料により作成。 ※印は各月1日現在の数を示す。  インフレ率を示す消費者価格指数の上昇率は、6月末で初年比124.5%であったが、7~8月には上昇幅が 増えて8月末には129.5%に達した。登録失業者数は約9百万人で推移し、初年来約1百万人減少したが、 登録失業率は12%を下回らなかった。また、国民の実質金銭所得は前年水準を約25%も下回り、生活水準の 実質低下が明瞭である。それにも拘らず、国民の貯蓄率は金銭所得の10~18%で推移したが、 これは外貨買入(金銭所得の7~11%)と証券購入(2~4%)によるもので、手許現金は減少の傾向にある。 国民の外貨買入も減少傾向にあり、公認銀行による外貨現金流入超過額は99年1~5月間平均で 4.9億ドル(98年月間平均は13億ドル、97年は31億ドル)で大幅に低下している。
 輸出は月間50~60億ドル、輸入は30~35億ドルで、貿易収支は月間20~30億ドルで安定している。 ルーブル公定相場は98年12月末の20.65ルーブル/$から8月末の24.75 ルーブル/$に19.9%も下落した。 中央銀行は6月10日公定歩合を60%から55%に引下げたが、これは87年8月危機以来最初の引下げであった。 98年12月、金融機関再建公社が設立されてから、中央銀行は財務内容の悪い銀行の免許取消を進め、 営業中の銀行数は年初来8月末までに86銀行も減少した。

 2.外貨市場とルーブル相場
 中央銀行は外貨市場の回復、輸出外貨の還流、外貨準備増強のため、 98年9月から総合的な対策をとり、輸出外貨代金の売却を9月16日から公認外貨取引所に、 10月1日からは同取引所の特別取引部会(Special Trading Session =STS)に限定した。 また12月31日からは輸出外貨代金の強制売却率が50%から75%に引上げられた。 さらに99年1月1日から公認銀行の外貨持高限度が引下げられ、銀行の外貨保有額が制限された。
 98年8~9月暴落後の約半年間、ルーブル実質相場は相対的に安定を続けてSTSにおける米ドル需要が減少し、 99年2月まで取引高も少なかった。3月から外貨取引高は増加し始めたが外貨需要は少なく、4月には中央銀行が 外貨を買入れたため、対外債務支払にも拘らず外貨準備が微増した。外貨需要の減少は、 3月22日の中央銀行指示(第519-U号)によってロシア居住者銀行にある非居住者銀行の ルーブル・コルレス勘定からの外貨買入が禁止され、また、公認銀行による個人外貨預金の払戻し用外貨を STSで買入れることが禁止されたのも原因であった。
 この他、銀行とその顧客の手許に相当額の外貨が滞留し、 納税用ルーブル需要が多く、石油価格の上昇による外貨供給増加、ロシア政府のIMF融資交渉の進捗、 国債借換更新による債務償還額の減少も外貨需要減少の重要な原因になった。5月の外貨取引高は4月よりも減少したが、 これは休日が多かった他、中央銀行による前述の非居住者銀行ルーブル・コルレス勘定からの外貨買入禁止と個人外貨預金の 払戻し用外貨を銀行がSTSで買入禁止になった影響によるものであった。ルーブル相場は 5月中旬のプリマコフ内閣解任による政治不安で下落したが、その後は回復し、 中央銀行は4月に続いて米ドルを買入れ外貨準備は増加した。

[第2表]ルーブル相場と米ドル取引高の推移 (1998年11月~99年7月)
対米ドル
公定相場※
米ドル名目上昇率(%)※
月 間      累 積
ルーブル実質上昇率(%)※
月 間      累 積
月間・米$
取引高※※
98年11月           21.9億ドル
98年12月           26.3億ドル
99年1月 20.65         25.5億ドル
99年2月 20.60 9.4 9.4 ▼1.0 ▼1.0 26.2億ドル
99年3月 22.86 1.2 10.7 2.8 1.8 36.0億ドル
99年4月 24.16 5.7 17.0 ▼2.9 ▼1.2 31.0億ドル
99年5月 24.16 0.0 17.0 2.3 1.0 28.6億ドル
99年6月 24.44 1.2 18.4 1.0 2.0 30.0億ドル
99年7月 24.21 ▼0.9 17.2 2.7 4.8 35.0億ドル
[出所]ロシア連邦中央銀行資料
[註]※印は毎月1日現在の相場、および同相場による上昇率を示す。累積は99年1月からの上昇率累積。
※※印は公認銀行間外貨取引所・特別取引部会(STS)の取引高を示す。

3.外貨銀行の流通動向
 中央銀行公表資料によれば、98年中の外貨現金流通額は約550億ドルで97年(約1,040億ドル)のほぼ半分に縮小した。
これは8月危機後に外貨需要が激減したためである。 98年第4四半期の銀行の個人外貨売却は25億ドルと第3四半期の49%に減少し、 外貨預金引出額も29億ドルと前期の43%に激減し、銀行の個人外貨買入(23億ドル)も 外貨預金預入額(16億ドル)も前期比で約40%も大幅に減少した結果、外貨現金市場は 98年1~9月の平均61億ドルから10~11月には25~27億ドルに縮小した。これは98年後半の経済活動低下、 国民の実質収入減少、ルーブル相場急落、銀行システム崩壊、国民貯蓄の価値低下と払戻停止等が原因であった。 銀行の98年外貨現金輸入額は161億ドル、輸出額を差引いた純輸入額は157億ドルであったが、 これは97年の42%で95年以来の最低であった。とくに8月危機後の9~12月の月間平均輸入額は、 1~8月の4分の1に激減した。98年の銀行間外貨現金市場も前年の42%、239億ドルに縮小したが、 上半期中に輸入された外貨現金の70~80%が銀行間市場で売却されていたのに対して、 下半期とくに8~9月中は、大口外貨現金輸入者になったズベルバンクが銀行間市場に売却しなかったため、 8月中の輸入外貨現金の市場売却比率59%は9月には40%に低下した。 しかし、10月には外貨現金が不足し銀行が保有外貨現金を銀行間市場で売却したため市場売却比率は80%に増加した。

[第3表]公認銀行経由の外貨現金流出入の推移               (単位:億ドル)
  98.1~3月 98.4~6月 98.7~9月 98.10~12月 99.1~3月
外貨現金流入総額 159.8 161.8 158.6 70.9 77.5
 銀行による輸入 49.3 44.3 53.2 14.4 18.8
 居住者銀行から買入 36.3 35.5 33.9 13.6 17.5
 個人から買入 43.4 47.2 38.8 23.3 16.0
 個人外貨預金預入れ 27.5 31.1 28.5 16.1 22.4
外貨預金の流出総額 157.6 164.2 157.9 72.2 76.9
 銀行による輸出 1.0 1.3 0.8 0.8 0.5
 居住者銀行への売却 37.1 35.8 33.3 13.6 17.6
 個人への売却 61.2 61.0 51.0 25.1 21.0
 個人外貨預金引出し 54.5 61.9 68.5 29.4 34.8
期末外貨預金残高増減 8.6 6.3 6.9 5.5 0.6
[出所] ロシア連邦中央銀行資料

 99年第1四半期中の外貨流通情勢は一様でなく、1~2月中には外貨現金輸入が少し市場規模が縮小したが、 3月には市場が拡大した。これは98年10月20日付中央銀行指示第383-U号により、国内外貨市場で買入れた 外貨は特別通貨勘定に振込まれることになったが、公認銀行は3月に銀行間外貨取引所・特別部会(STS)で 安い外貨買入れを増やし外貨現金市場で売却しようとしたためであった。これに対して、 中央銀行は99年4月7日付指示(第534-U号)で外貨現金買入を目的としたSTSにおける公認銀行の外貨買入を禁止した。
 3月の外貨現金取引は活発化し、個人の外貨取引差額は1月の2倍以上に、公認銀行・外貨交換所の 外貨現金純売却額は第1四半期中に3.5倍に増加した。しかし、99年第1四半期の個人による外貨現金の 月間平均売買は前年同期比約30%も減少し、また1件当りの売買金額も半分に減った。 さらに、3月の外貨現金需要の活発化には、中央銀行が99年3月22日付指示(第519-U号)で 輸入前払外貨相当額のルーブル資金預託による規制を強化したため、隠れた輸入業者の外貨現金の需要も原因であった。 4月の外貨現金市場は3月の拡大に対してかなり縮小し、外貨現金輸入は3月比で約60%減、 銀行間外貨現金市場での買入も約40%も減少し、市場規模を示す外貨現金流入総額は36%も縮小した。 5月もこの傾向が続き、外貨現金輸入は前月比36%減、銀行間外貨現金市場の買入は48%減で市場規模は31%も縮小した。 公認銀行の個人からの外貨買入は12%減、個人への外貨売却は15%減少し、外貨交換所における個人向け外貨売超過額は 4月比約80%も大幅に減少した。その結果、98年5月の外貨現金市場規模は過去5年間の最低で約22億ドルに縮小した。

4.商業銀行の経営状況
  99年5月現在、商業銀行の総資産は98年8月の危機前のレベルを下回った。資産の内容別にみると、 98年8月から99年5月までにルーブル資産は14.4%増加したが、外貨資産は26.5%も減少した。 同期間中の企業向けルーブル貸付は7%、外貨貸付は36%も減少した。銀行資産の劣化も進み返済期日を 経過した貸付金(不良債権)の割合は、98年8月の5.3%から99年5月の10.3%に増加した。 個人グループ預金は同期間中に44%減少し、外貨預金は54%も減少したが、99年初から個人預金払戻が止まり、 1~4月間にルーブル預金は11億ルーブル、6.3%増加し、外貨預金も年初水準を維持した。 しかし、非居住者銀行の資金引揚げにより銀行間外貨資金借入は48億ドル、37%も減少した。  銀行システムの最も重要な問題の一つは銀行資本金の大幅な減少で、98年8月の1,020億ルーブルから 98年末には515億ルーブル、99年5月には464億ルーブルになった。とくに、短期国債保有、外貨先物契約、 外貨借入金が多く、支店網の大きな大銀行の資本損耗が激しかった。98年8~12月間に30大銀行の資産額は 19.3%減少し、資本金は57.3%も減少した。99年も大銀行の状況は悪化を続け、1~4月の間に資本金が40.6%も減少し、 損失額は212億ルーブルに達した。銀行の資本損耗と損失増加により、全銀行総資産に占める問題銀行資産の割合が 98年8月の12%から99年5月の42%に急増した。銀行システム全体では98年8月に25億ルーブルの利益を計上していたが、 99年5月には損失総額が543億ルーブル(うち99年中の損失額94億ルーブル)に達した。 これは本来の銀行業務からの収益減少と資産劣化にともなう引当金の積立てが原因であった。 しかし、損失額が増加する中で、損失銀行の数と割合は98年8月の588銀行、37.4%から99年5月の414銀行、 29.2%に減少した。中央銀行はこのような銀行損益情勢に対して、銀行業務認可の取消措置を強化し、 98年8月1日から99年5月1日まで162銀行(99年には52銀行)、99年1~8月中に86銀行の認可を取消した。


5.外資系銀行の現況
 99年4月1日現在、中央銀行に登録された外資系金融機関は175で、そのうち138銀行とノンバンク2社が営業していた。 この138銀行のうち外資100%の19銀行は4支店を開設し、そのうち13銀行は総合認可(General License)、 6銀行はルーブル・外貨取引認可を受け、個人預金業務を認可されていたのは12銀行、貴金属取扱を認可されていたのは 1銀行であった。また外資系金融機関全体の中で、81銀行(58.7%)は総合認可、49銀行(35.5%)は ルーブル・外貨取引認可、8銀行(5.8 %)はルーブル取引認可を受け、124銀行が個人預金企業認可を 36銀行が個人預金業務及び貴金属取扱業務を認可されていた。
 99年1~3月中に外資100%の2銀行―日本の「みちのく銀行」と米J.P.モルガン銀行が登録され、 4月1日付で銀行認可が交付された。
 外資系金融機関の出資比率別の構成を見ると、100%出資が13.6%で19銀行、50%以上出資が9.3%で13銀行、 出資比率20~50%が21.4%で30銀行であった。また、出資者数(法人及び個人)は3,055 人で99年1月1日よりも 811人減少したが、これはアビアバンクの認可取消によってCIS諸国出資者の減資によるものであった。 出資者数を国別に見ると、CIS諸国は2,746人(89.9%)、12.77 億ルーブル、外資系金融機関の 資本金総額の0.2 %にすぎず、その他の外国出資者数は10.1%であったが、出資額は外資系資本金総額の98.5%と 大部分を占めていた。これは99年1~3月間にオーストリア、ドイツ、アメリカ、フランス、トルコの出資が増加したためで あった。99年4月1日現在の非居住者のロシア金融機関への出資比率は全体で10.37%に達していた。
 外資系金融機関は、全ロシアの28連邦構成体に所在しているが、その大部分97金融機関(69.3%)は モスクワ市とモスクワ州に、8銀行がチュメニ州に、6銀行がサンクト・ベテルブルグ市に、ケメロボ、サマラ、 オレンブルグ、トベリ各州、沿海地方、タタルスタン共和国、ウドムルチア共和国に各2銀行が所在している。

[第4表] ロシアで営業中の外資100%出資銀行 (1999年4月1日現在)
銀  行  名 所在地 認可種類 登録日 資本金
クレジ・リオネ・ルス銀行 S.ペテルブルグ市 総 合 91.12.24 6.477
ソシエテ・ゼネラル・バストク銀行 モスクワ市 総 合 93.04.13 44.470
中国銀行 モスクワ市 総 合 93.04.23 1.000
ドレスナ-銀行 S.ペテルブルグ市 総 合 93.08.09 286.500
クレジ・スイス・ファ-スト・ボストン銀行 モスクワ市 総 合 93.09.13 21.180
ING.バンク・ユ-ラジア モスクワ市 総 合 93.09.13 19.905
シティ-バンク モスクワ市 総 合 93.11.01 237.593
ABN.アムロ・バンク モスクワ市 総 合 93.10.26 11,930
チェ-ス・マンハッタン国際銀行 モスクワ市 総 合 93.10.26 15.315
ウエストドイッチェ・ランデスバンク モスクワ市 総 合 95.03.01 21.072
ガランティバンク・モスクワ モスクワ市 総 合 95.11.10 76.500
リパブリク・ナショナル・バンク・NY モスクワ市 総 合#★ 96.04.23 225.200
ラファイゼンバンク・オ-ストリア モスクワ市 総 合# 96.06.10 3,516.340
フィナンスバンク モスクワ市 外 貨# 97.05.23 56.700
チョフン・バンク モスクワ市 外 貨# 97.11.19 80.948
FABA     94.02.11 33.000
ドイッチェバンク モスクワ市 外 貨# 98.04.17 293.050
イクチサトバンク モスクワ市 外 貨# 98.06.15 53.994
コメルツバンク モスクワ市 外 貨# 98.12.10 305.600

[出所] ロシア連邦中央銀行資料  [註]#印は個人預金業務認可がない。
★印は貴金属取扱業務認可を示す。 
 




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