マーカス・ノーランド
米国国際経済研究所(IIE) 上席研究員
1959年生まれ
ジョンズ・ホプキンス大学博士課程修了
米国大統領直属機関である経済諮問委員会の国際経済上席エコノミストをはじめ、
南カリフォルニア大学、東京大学、ガーナ大学等の客員教授を歴任
アジア通貨危機、朝鮮半島の経済統合などの論文多数


 1999年は98年と比べますと、アジア特に北東アジアの経済回復は、かなり進んでいることが分かっています。しかし、2000年以降もこれが続くかどうか分からない。政策が各国でどうとられていくか、ということがその行方を決めるわけです。中国、日本、韓国それぞれの国内政策で決まるということです。しかしながら、北東アジア全体を見ますと、共通の課題があるように思います。3つ指摘したいと思います。
 1つは景気後退が続くか、あるいは輸出主導型の成長が日本で起きるということ。2つ目は中国が人民元の切り下げをする可能性。3つ目はアメリカが景気鈍化に陥り、その結果、保護主義が台頭するということです。日本はこの地域でやはりいちばん大きな影響力を持っておりますので、国内で起きることが他の地域にも波及するわけです。
 いろいろな問題が日本にありますが、1つ目は需要が低迷していること。2つ目は金融の再編をしなければならないこと。3つ目は構造改革と規制の緩和、撤廃を金融以外でもやらなくてはならない、ということです。
 さて、需要をどうやって増やしていくか、あるいは維持していくか。デフレが今、日本で起きていますので、余計難しくなっているわけです。
 政府として出来ることは2つあります。1つは財政政策、もう1つは金融政策です。 財政政策の方ですが、1つ大きな疑問があります。すなわち日本で今とられている財政政策が今後も維持可能かどうか、ということです。東京のある金融関係の友人によりますと、小渕政権がとっている政策は、イーベル・カニーバルの政策だということであります。イーベル・カニーバルというのは、アメリカ人でオートバイに乗りながら、すごいことをする。例えばオートバイで大きな谷を飛び越えようとするといったような、大胆なことをする人間なのですが、そのような政策だというわけです。
 この友人によりますと、小渕さんはアクセルを全開にしているということです。アクセル全開にしているので、いま景気回復は急速に進んでいるように見えるけれども、オートバイで飛び越えるという例を使うならば、本当に谷を越えるだけの速度が出るかどうかということが見えない。もしかすると、谷をうまく飛び越えることが出来るかもしれない。イーベル・カニーバル経済政策が成功するかもしれない。その一方で、これからの日本が公共投資などによって需要を生むという政策が、どのくらい維持できるのかという大きな疑問があります。
 公共投資ですが、何にまず投資をするかというのは、政治的あるいは行政的な判断で行われ、本当に日本にとって有効かどうかが分からない。景気刺激策を本当に考えるのであれば、公共投資よりも減税をすべきではないかという説があります。減税すれば家計が潤う。そうすれば消費に回る。すなわち、政治家あるいは役人が考えるものにお金が回るのではなくて、本当に消費者が必要としているものにお金が使われるということになるわけです。そういたしますと、本当に国民が必要としているものを生産している企業の利益になる、というわけです。
 もう1つの政策は金融政策です。事実、これはかなり物議をかもし出しております。今日は、日銀の政策委員会が会合を開いておりまして、一体どうなるか楽しみにしておりますが、基本的な問題というのは、ご存じのように今、ゼロ金利であるということです。しかしながら、実効金利は比較的高い。名目金利はゼロであっても、値段は下がっているからです。日銀には何が出来るか。人によっては国債、すなわち国の債務というものを日銀が通貨に切り換えるべきだと、貨幣化するべきだと。これによってインフレ、あるいはデフレから脱却すべきだということが言えるわけです。
 もう1つは、円の切下げという説です。ただし、そういたしますと、韓国を中心とした他の国々が被害を被るということになるでしょう。というのは、貿易で日本と韓国は、アメリカのような第三国の市場において、かなり競争をしているからです。 韓国の状況はどうかといいますと、景気回復はしておりますが、日本と同じような問題を抱えています。すなわち、いろいろな政策の持続可能性ということです。日本と同じく、韓国も来年選挙を控えております。金大中大統領は、この選挙に備えていろいろと支出をしているわけです。個人消費はかなり増えています。去年があまりにひどかったから、それに比べて大きく伸びているように見えるということです。また、政府の支出も伸びています。労働市場ですが、経済のコア部分すなわち農業、サービス部門、工業、こういったところの雇用は、まだそれほど堅調ではない。どこで雇用が増えているかといいますと、公共部門ならびに自営業です。政府が公共投資をいろいろとやっている、それによって雇用が生まれているということです。しかし、こういった政策を本当に維持できるかどうか問題です。
 資本に対するアクセスがないということから、小さな韓国財閥、また中小企業が大きな被害を被っているわけです。景気が回復する中で、再編のプレッシャーが弱まっているわけです。来年の選挙で野党が勝てば、それだけ改革が鈍化してしまうということになると思います。ということで、韓国は今はなかなか良い状況にありますが、将来はまだ不透明ということになります。これは日本の場合と同じです。
 中国の状況はさらに劇的です。中国経済はいま鈍化しています。2つの基本的な問題があります。これは1つの問題の両側面ということになるのですが、まず国有企業を再編しなくてはならない。これに関連して、銀行部門で深刻な問題を抱えています。国有企業は、3,000万の人減らしをこれまで行ってきました。同時に民間企業、外資系の企業は、雇用を3,100万増やしております。そういうことで、産業の再編が今、中国で進んでいるわけです。
 2つ目の中国の課題、これは国際的な競争力が下がってきていることです。アジア通貨・経済危機の時には、人民元の切下げに踏み切らなかったということで、高く評価されたわけですが、切下げなかったがゆえに、競争力を失っている。経常収支が悪くなっているわけであります。人民元をドルと連動させることは、決して中国にとって最善の政策ではないと誰もが考えています。ドルだけに連動させるのではなくて、日本円なども含めたものと連動したほうが良いと考えられているわけです。
 おそらく来年ぐらいには、新しい為替政策を中国は発表すると思います。そうなりますと、切下げを中程度行うのではないかと思います。WTOへの加盟、この交渉がいま進んでいるわけですが、非常にデリケートな時期でありますので、切下げには踏み切らないでしょう。しかし、どこかの時点で中国は、国際競争力を失っているということに対応しなくてはならないわけです。
 コンピュータのモデルを使いますと、5%切下げを行いますと、100億ドル分経常収支が良くなるということになります。これは日韓両国に影響を与えるということになります。すなわち、中間財、今は日本、韓国から輸入しているものが、国内のものに置き換わることになります。また、中国の輸出競争力が増加することで、ヨーロッパあるいはアメリカの市場で日本、韓国は苦しむことになるでしょう。ということで、この地域が直面している、これも経済的な脅威ということになると思います。
 一番問題が難しく、厄介なのが北朝鮮です。経済は破綻しております。いま北朝鮮には飢饉が起きています。この飢饉で、確実な数字は分かっておりませんが、人口の10%ぐらい、すなわち200万人ぐらいが餓死したといわれています。北朝鮮は「これは自然災害だ」と、すなわち気候が悪かったというイメージを出そうとしているわけですが、そんなことはありません。1990年代の初めから見られているように、飢饉というのは政策、すなわち失政によって起きるものなのです。為替レートを維持しよう、あるいは操作しようとしているわけですが、経済特区を作ろうとしたことが、うまくいかなかったということがあります。それは羅津、先鋒です。 韓国の現代が、北朝鮮政府と契約を結びまして、6年間かけて大体10億ドル余りを供給することに合意したわけです。実は背後に韓国政府がいると言われています。金大中大統領の「太陽政策」を現代が代行している、というふうに考えられております。観光が今、金剛山に対して行われているわけですが、その観光収入が北朝鮮に入ることになります。これは船で行くのですが、これを全部売ることが出来るようになりますと、かなりの収入になるわけです。これを使えば飢饉を解決することが出来ます。商業的に問題を解決することができる。国際的な援助は必要ないということになります。すなわち、1人あたり300ドルという料金で、年間4億5,000万ドルの収入になるからです。ただ、どんな収入があっても、計算上は飢饉が解決されるということになっても、実際は、北朝鮮政府は他のところにお金を使ってしまうであろうと言われています。
 長期的に重要になるのは、新しい経済特区あるいは自由経済貿易地帯の設置ということです。1つが海州、もう1つが東海岸に作るというものです。現代がこの特別経済区をきちんと運営する。地理的にこちらのほうが最初に出来た羅津、先鋒よりも良い所に位置しているということで、これはうまくいくかもしれません。今の状況はちょっとよく見えないということになります。金剛山プロジェクトのようなものをやりますと、外貨が入るというプラス面があるわけで、それをきっかけとして、海州特別経済区の設置など、良い方向に進むかもしれないということがあります。
 アメリカの元国防長官のペリー構想というのがあります。これは経済、国交の正常化を図るということ。北朝鮮と日本とアメリカの間で、そういった関係改善を図るということです。また、韓国では、金大中大統領の太陽政策があります。北朝鮮と韓国が分断されて以来、最も積極的な政策であり、生産的な政策であると言えます。こういったことを受けて、北朝鮮も威し方針から、もう少し建設的な方向に切り換えるかもしれません。ただし、建設的な道を選ぶのか、あるいはアメリカと北朝鮮の最近のミサイル合意が示すように、北朝鮮が従来の威し方針を相変わらずとり続けるのか、これは時間をかけて見ないと分からないわけです。いずれにしましても、今後いろいろな問題がまだ残るであろうということで、富山では今後もますます会議の面白いテーマに事欠かないというふうに思います。
 




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