■環日本海専門情報誌■No.20



(アドバイザー 野村 允:AJEC 理事・調査部長)

 去る9月30日から約1週間、モスクワで開かれた「第20回ロシア経済専門家会議」(主催:ロシア東欧貿易会)に参加する機会を得た。10年振りのモスクワ訪問であったため、いろいろ考えさせられることも多かった。

1.明暗分れるロシア経済の見通し
 ロシア経済の現状について、今回訪問した政府関係の研究所、地方政府、銀行および証券会社によって若干のニュアンスの違いがあったものの、ロシア経済は(データで見る限り)、今、回復してきていると見る点では一致していた(表1、表2)。

(第1表)ロシアの主要経済指標

(前年同期比増減率 %)


  1992 1993 1994 1995 1996 1997
1~6月
1997
1~8月
国内総生産(GDP)
鉱工業生産
農業生産
投資
住宅建設
商品小売り販売高
国民向けの有料サービス
一般貨物輸送
実質可処分所得
▲14.5
▲18.0
▲ 9.4
▲40
▲16.0
▲ 3.5
▲18
▲13.9
▲48
▲ 8.7
▲14.1
▲ 4.4
▲12
  0.7
  1.9
▲30
▲11.5
▲16
▲12.7
▲20.9
▲12
▲24
▲ 6.2
  0.1
▲38
▲14.2
 13
▲ 4.1
▲ 3.3
▲ 8
▲10
  5
▲ 7
▲18
▲ 1.0
▲13
▲ 5
▲ 4
▲ 7
▲18
▲16
▲ 4
▲ 6
▲ 5
  0
▲ 0.2
  0.8
▲ 5.0
▲ 8.5
▲16.3
  1.0
  2.3
▲ 2.4
  4.8

  0.0

  1.4

▲ 8.2

  1.8

▲ 3.7

消費者物価上昇率(%)
卸売物価上昇率(%)
公定歩合(年末、%)
失業率(年末、%)
為替レート(年末、1ドル当たりルーブル)
2,510
3,280
80
4.7
414.5
840
900
210
5.5
1,274
210
230
180
7.4
3,550
131
175
160
8.8
4,640
21.8
25.6
48
9.3
5,560
8.6*
6.3*
36**
9.5**
5,782**
 
(注)対比価格(実質)による増減率。物価は12月の前年同月比。*6月の前年12月比。**6月末。
(出所)ロシア統計国家委員会(以下同様)。

(第2表)ロシアの工業部門別生産増減率

  1990=100 前年同期
=100
  1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997
1~6月
工業全体 92 75 65 51 50 48 100.8
採取産業
加工産業
96
92
85
74
77
63
79
48
68
46
67
43
101.8
100.4
電力
燃料工業
 石油採掘
 石油加工
 ガス
 石炭
鉄鋼業
非鉄金属
化学・石油化学
機械製作・金属加工
林業、木材加工、紙パルプ
建材工業
軽工業
食品工業
100
94
90
98
101
88
93
91
94
90
91
98
91
91
96
87
85
88
98
93
77
68
73
77
78
78
64
76
91
77
77
77
93
86
65
59
58
65
63
65
49
69
83
69
72
66
87
76
53
53
44
45
44
47
26
57
80
69
69
67
87
75
57
55
47
41
44
44
18
52
80
67
68
65
87
74
56
53
42
36
34
33
14
48
95.2
99.1
100.4
97.8
97.2
91.0
99.2
102.3
100.7
101.9
98.7
92.9
95.0
95.1


 しかし、将来見通しとなると、悲観論、慎重論、楽観論が交錯し、頭の中の整理に戸惑った。
 すなわち、悲観的な見方をした対外経済関係者付属景気研究所のフレキシン所長は「現在の経済改善は表面的なものに過ぎず、将来にわたって財政赤字、未払い債務の累積問題は非常に深刻であると述べた。その理由として、「中央においては財政権を守ろうとするグループの力が強く、財政・債務問題を解消することが極めて至難である。その方策としてはまず政府の腐敗を止めることである」と強調した。
 慎重な見方をした社会科学アカデミー経済研究所のアバルキン所長は「政府の財政金融政策がソフトになってきた点を評価する。経済が良くなってきている面もあるが問題も残っている。中では、未払い債務の累積は深刻であり、その解決には慎重さが必要である」と述べた。
 楽観的な見方をしたのは、移行期経済問題研究所、銀行、証券会社であるが、同研究所のガイダル所長は、「政府は、現在抱えている問題点を認識している。財政問題は深刻であるが、現政権は、軍事費の削減、機構の縮小など財政政策を実施しようとしている。したがって、1998年の予算が重要である」と述べた。
 ただ、いくつかの訪問先を通じて、今後のロシア経済活性化の鍵は、外資導入にあるとした点が共通しており、外資誘致促進のため、目下、下院で検討中の「税法典」の成立、および国際基準に沿った会計処理の完全実施に大きな期待を寄せている。
 1999年~2000年にかけて、大統領、議会選挙が行われるが、政府としては、選挙前に経済をプラスにもっていくことが課題であろう。そういった意味で、1998年は重要な年になるという見方が強い。

2.高まる“ものづくり”への関心
 今回の訪問を通じて、特に注目されたのは、政府、経済・金融界ともに“ものづくり”への関心を高めてきたことを窺わせる発言が多かった点である。
 各シンクタンクでは、これまでロシアが推進してきた資源輸出依存型の経済を反省し、ロシア国内での加工産業の振興、中小企業の育成の必要性を強調した。
 また、高金利を追い、マネーゲームに傾注してきた銀行が、産業分野への協力、加工産業への融資姿勢を強めてきたことは注目されよう。モスクワにあるロシイスキー・クレジット銀行(第7位 支店81)マルキン頭取は、「最近、フィリップス、コダック、フォードなどの国際企業との関係を深めつつ、今後は地方活動にも重点を置く。極東地域において、まず地方自治体へのコンサルタント活動を行い、併せて支店展開の中で食品加工、海運業、エネルギー分野など地元産業の育成に協力して行く方針である。」と強調した。
 さらに、同銀行内の小ホールにおいて、在モスクワ日系企業(約30社)を対象にした、投資セミナーが開かれた。銀行側からは、ロシアの経済情勢、投資環境、同行の融資方針などの説明があり、日本側からは投資するに際し特にロシアの銀行に求める条件などが率直に提言された。こうした、ロシアの銀行主催による日系企業対象のセミナー開催は初めてということであり、如何に銀行が産業に対するアプローチを強め、日系企業への期待が如何に大きいかを示すものとして大変興味深かった。

3.地方独自性の展開
 モスクワから東約400km離れたニジニ・ノブゴロド州は、かつて閉鎖地域であったため、対外施策の面では中央依存型であった。
 1992年、州独自の対外施策が展開された。すなわち、投資家に対する保護規定(倒産した場合、州財政でカバーするなど)をつくり、投資案件審査の簡素化をはかり、地方税の減免を実施した。最近、工場団地内に保税加工区を設ける計画があり、既に韓国の大手が自動車部品工場の進出を予定しているということであった。
 そのほか、昨年外国投資誘致会議を発足させ、第1回会議では、食品加工分野を採りあげた。その結果、コカコーラー、マクドナルド、牛乳製造(イタリア)など外資企業の進出が実現した。次回は、建材分野をターゲットにする計画である。
 なお、外資の動きとしては、航空産業、食品加工を中心に、ドイツ、フランス、イタリアのほかアメリカ、オランダなどが目立つが、最近、地元のゴーリキ自動車とイタリアのフィアット社との間で、合弁事業が実現した(年産15万台見込み)。
 こうしたいくつかの州独自の施策を拝聴した中で、私どもが特に注目したのは、地元で大型製パン工場を建設するに当って、従来の州政府の保障を止め、近年頓に力をつけてきた地元銀行にインカム銀行およびドイツ系銀行(支店)が参加したいわゆる銀行保証による投資が実現したことであった。
 また、州政府が企画、運営しているロシア国内向けの見本市“ヤルマイカ”を見学した。会場には、地域内でつくられたバス、乗用車、チタン製自転車、加工食品などが数多く展示され、多くの人たちが訪れていた。(1週間の会期中に約17万人の入場者を見込む)。
 州政府との質疑応答の中で、この州独自の新しい試みに対する中央の反応を聞いてみたところ、先頃、エリツィン大統領が上院における演説の中で、同州の動きを歓迎し、地方はより独自性を発揮して、積極的に外資の導入に努力して欲しいと述べたということであった。ただ、同州は、ネムツオフ副首相の出身地でもあり、エリツィン大統領の発言を額面通り受け留めて良いかどうか疑問は残った。

4.注目される中間層の台頭
 アバルキン所長は、ロシア経済の回復振りを示す事例として、国民の所得格差の縮小をあげた。データとしては、2年前には上層、下層(いずれも上下全体の10%)の格差が1:15であったが現在は1:13に縮まったということであった。
 このデータの正否はともかく、モスクワで見聞した限りでは、ニューリッチの出現があるが、中間層の台頭も感じた。その裏付けとして、・ロシア人の海外旅行者(グループ旅行が中心)の増加(在モスクワの日系企業に勤務するロシア人の多くは、定期的に、長期海外旅行を楽しんでいるということであった)。・モスクワの中心街は、朝夕欧州産の乗用車で渋滞、・百貨店には高ブランド品、スーパーマーケットには欧米の日常生活品、・日本製のカラーテレビの急速な普及。(年200万台の日本製カラーテレビがロシアへ輸出されている)。などがあげられよう。今後、市民レベルでの乗用車へのシフトが一段と高まるものとみられている。
 こうした中間層の台頭は、今後予想される個人起業家、中小企業の台頭とともにこれからのロシア経済を支える大きな原動力になるものと期待される。

5.欧州化されつつあるモスクワの風情
 モスクワの中心街は、夜ともなればさんさんと輝くネオンの波、白い教会など多くの主要建物はライトアップされ、全く幻想の世界へ入り込んでしまったようである。
 また、清潔で、閑散なカザン駅、欧米の日常生活品が棚一杯のスーパーマーケット、欧州の有名なブランド品で飾られた百貨店など、これがロシアかと一瞬疑いたくなる風情であった。
 反面、ペロシキ、ボルシチ、キエフ風のカツレツなど伝統的なロシア料理が味合えなかったのは残念であった。朝食のバイキングには、各種の白いパンの間に、黒パンの姿があり、“パジャールスター、チャーイ”と注文してみたが出されたのは、リプトンの紅茶であった。
 以上、短かな1週間であったが、今回の視察を通して特に強く印象づけられたことを、次のように集約してみた。
 第1に、オレキシン所長が「あなたがたの見たのはモスクワだけである。モスクワは、決してロシアの顔ではない」と述べた。“モスクワ王国”といわれるように、一極集中型の繁栄ぶりを感じつつ、“極東から見たモスクワは遠い”ということをまざまざと認識させられた。
 第2に、モスクワと遠く離れているニジニ・ノブゴロド州では、地方自治体、経済界、金融界が一体となって地域産業・経済の活性化のため、独自のアイデアを創出し、実行している姿に感動を覚えた。
 第3に、ある大手商社マンが「トヨタ自動車のモスクワ進出、続いて家電業界が動けば、日本企業は一気に行動を起こすかも知れない。ロシアは、漸く我々の願う方向へ向きつつある」と語った。大手商社マンの言葉を支えに、また地方都市ニジ ニ・ノブゴロドの真摯な姿勢を道標とするならば、今後、極東地域の前途には明るい灯がともされるであろう。そして、その明りを一層輝かさせるためにこそ、日露協力が必要なのかも知れない。

以 上





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