■環日本海専門情報誌■No.20



(辻 武:黒部商工会議所 専務理事)

「はじめに」
 1991年に結成され、7回目を迎えた1997年度の「富山県中国東北地方投資環境調査団」に参加した。10月4日(土)から11日(土)までの8日間に、遼寧省は大連、瀋陽、吉林省は長春の3市の経済技術開発区と企業を訪れた。初めて見る中国の現実に大きな衝動を受けた。
 計画経済から市場経済へと激変する中国の恐ろしいまでのパワーを感じながらも、日本に例えると、これまでの7~80年の時間が圧縮され、雑居しているように見え、社会そのものが自己矛盾に陥っているのではないかとも思えることがあまりにも多かった。
 それでも無限の可能性を持っていると思える隣国中国と今後どのような関わり合いを持ってゆけばよいかを私個人の思いとして整理してみた。

1.経済技術開発区
 経済技術開発区は、中国が近代化のための国策として、広大な土地を有効に活かして、積極的に外資を導入した工業団地に日常生活のできる環境も備えた巨大な「まち」を短期間で人工的に創ろうとしているものと思えばよい。中でも大連経済技術開発区が一番整備されているように見えた。
 大連も瀋陽も長春も、ともに30平方キロメートル前後の広大な開発区で、すでに生産活動に入っている企業も多くあるが、現在開発中で建設が続けられている。

感想
 まず、その広さに圧倒された。しかし、開発区の中を見て、疑問に感じたことがある。それは、建設を進めている建築物があるかと思えば、一方では建設半ばで廃墟のようにも見えるものがある。これはいったいどうしたことなのであろうか。
 進行中のものは、外資の入っているものであり、そうでないものは、中国が投資しているもので予算がなくなったので予算がとれるまで工事が進まないとのことらしい。
 そのような状況であるのにもかかわらず、第二期、第三期と土地造成が行われている。いったい、全体の予算管理はどうなっているのであろうかと不思議に思う。これは、国営企業にもあった。
 非常に大きな力を感じる反面、何か先を急ぐあまりに無理をしているようにも思えた。
 そんな中、長春で、吉林省人民政府を表敬訪問したとき、責任者の個人的見解との前置きしての発言はわかりやすく印象的だった。
 それは、吉林省への投資環境を「天・地・人」に例えて、
・「天(神の加護)」:国(北京)の政策は、10年前の解放以後、沿海地方重点政策になっているように思える。吉林省は内陸である。この点、国の政策に合致していないようである。
・「地(地理的条件)」:吉林省は、資源が豊富である。開発は中央政府から一般企業へと移行させてゆきたい。そして、道路事情も高速道路も含めてずいぶん改善された。長春空港もウラジオストック便、ソウル便、香港便が就航し、国際空港となっている。日本へのルート開発に興味がある。
・「人(教育)」:人づくりはこれからのキーワードである。吉林省には中国でも誇れる吉林大学を初めとして科学技術研究を中心とした43の大学がある。教育水準は極めて高いと語り、このような条件をよく見て、投資可能かどうかの判断をしてほしいと結んだ。

2.見学企業
 開発区、或いは市街地にある企業のいくつかを見学した。それらは、中国資本のもの、外資との合弁のもの、100%外資のものがあり、それらの比較をすることができた。

(1)中国資本の企業(冷蔵庫製造工場)
 主に中国東北3省をマーケットとする冷蔵庫製造工場で、1985年にイタリアから導入したというラインがあったが、一部しか稼働していなかった。
 従業員が1060人、18000坪の工場で、3交代の勤務体制をとることができ、年間45万台生産の能力がある。
 しかし、1年間の需要は約15万台で、1交代制で全てまかなえるとのことである。市場経済の導入で他社の製品に押され気味で受注が極端に減っているらしい。
 工場は古く、その隣に新しい工場が建設半ばで全く生産設備の設置はされてはいなかった。国の予算配分がなくなったということらしい。不思議なことである。

感想
 フロン規制については、法的には2005年までに代替材への切り替えが必要であるが、2、3年前に達成できるとの技術責任者の説明があり、その必要性の認識はあるようであったが、現状の技術水準では対応できないとの悩みがあるようでもあった。

(2)外資との合弁企業(瀋陽三洋電機:エアコン製造工場)
 三洋電機(株)との合弁企業である。600人の従業員で年産10万台の能力を有する。
 中国内のエアコン需要予測は、日本国内の普及台数は700万台であるが、中国内では今年度中に600~700万台になり、2005年に1700万台から1800万台になるとのこと。工場の生産能力も2000年には50万台までにする。

感想
 瀋陽三洋電機では、正面から入ると壁一面に小集団活動の報告が貼りだしてあり、救われたような気分になったが、現場を見て驚いた。全く稼働していないのである。注文がないのだそうで、11月いっぱいはこの状態だという。従業員はどうしているのかと思っていたら薄暗い現場の片隅にある休憩場のようなところで何もせずぼんやりと座っているのにまたまた驚いた。中国の制度ではどうしようもないとのこと。これで採算が合うのであろうか。
 ただ、市場経済の導入で、かなりの変化がいろいろなところで求められており、「失業」という言葉の持つ意味がようやく従業員にもわかってきたようだという責任者の説明に驚きを通り越して、前途多難を思い、大変なことが起こりそうな気がしてきた。

(3)100%外資の企業(YKK、伊都錦)
 ・YKK:大連経済技術開発区の一角にある。
      ・1995操業開始
      ・各種ファスナー、面ファスナー、ボタン等とその機械、型等の製造販売
      ・販売高:1500万USドル/年
      ・従業員数:168名

 ・伊都錦:瀋陽経済技術開発区の一角にある。
      ・1990年操業開始
      ・婦人服縫製後全て日本へ輸出(布地は日本から)
      ・従業員数:250名(80%が女性)
      ・賃金:500元(8000円)~600元(9600円)/月

感想
 全般的に、空港、ホテル、役所、工場のどこへ行っても暗い感じが不思議であったが、100%外資の企業の現場は、日本と同じであるのだが、実に明るく、活気があった。YKKでは、機械が休みなく働いてファスナーを作り出しており、また、縫製業の伊都錦でも従業員は実に機敏に働いていた。
 同じ国で、同じ敷地内にあって、同じ国の人たちが働いているのにかかわらず、こうも違うのかと驚きを越えて考えさせられた。

3.その他雑感(車窓から、街角から)
(1)衣(服装)
 大連に入り、まずほっとしたことは、女性の服装のカラフルなことであった。勉強不足ではあったが、人民服のワンパターンの暗いイメージとは全く違い、日本ほどではないとしても、表情も明るく第一印象はよかった。
 長春で、同行した旅行社の通訳に同行してデパートに行ったが、そこは明るくたくさんの衣料品が列んでいた。客数もかなりあり、賑わっていたが、値段は平均所得に対してちょっと高いのではないかとも思えた。しかし、かなり改善されているように見える。

(2)食(食糧事情)
 私たちがホテルで口にする食事は全く別であり、これが中国の一般的なものであると思ったら大きな間違いであろう。
 車窓から見ていて、町中のいたる所の通りにも大きさの違いはあっても自由市場があった。売られているものは種類も量も多く、活気があった。
 大連から瀋陽へ列車で往復する旧満鉄の両側に広がる地平線まで続くとうもろこしと稲作の穀倉地帯に言葉を失った。
 このように見ると、中国の人たちは豊かな食材を豊かな知恵で私たち日本人の想像をはるかに超えた楽しみを見いだしているかのように思えた。

(3)住(住宅事情)
 大連、瀋陽、長春、そして北京のまちも高層のアパートがびっくりするほどたくさんあり、どれをみても決して住み心地のよいようには見えなかった。そんな中に平屋の煉瓦造りの民家があり、かなり住宅事情は悪いように見える。
 市場経済の導入で、個人の能力により個人所得の自由度が増してきて、所得が増えてまず一戸建ての住宅を得、つぎに自家用車を持つことが夢と聞き、納得した。

(4)交通事情
 メインストリートは片側3車線で広く、その両側に自転車用と歩道が併設されている。
 市民の足は、自転車、そしてバス。例えば、北京では人口が1200万人。自転車の普及台数が800万台。老人と子どもを除けばほとんど一人一台ということになる。
 交通渋滞は極めて深刻で、交通マナーは決してよいとはいえない。早いもの勝ちという雰囲気があり、慣れていないものにとっては、命がけの道路横断となる。一回追突事故を目撃したが、よく事故が起きないものと感心する。
 右側通行で、信号が赤でも右折ができることはアメリカと同じで合理的である。ただし、道が広いことが条件であろう。

「おわりに」

 遼寧省と吉林省の2省で、黒竜江省へは行かなかったが、大連にも瀋陽にも長安にも満州国時代に日本が作った建築物が遺っていて今も大切に使われている。旧満鉄も重要な交通機関として活躍している。
 かつて、日本が満州へと未開の地を目指して出ていったが、今回の訪問で、中国東北地方への日本の進出度合いが低いのではないかと感じた。道を走っている乗用車は、圧倒的にドイツ車が多く、日本のものは少なかった。
 今後、中国が徐々に力をつけ、生活水準が向上するにつけ、いろいろな物資の要求が高まってくる。世界の情勢を見ても、インドの動向も気になる。加えると世界の人口の1/3を占める中国とインドの水準の向上がエネルギーと食料の需給に大きな影響を及ぼすこと必至である。
 そんなとき、資源のない日本は真っ先に大きな打撃を受けることは避けられないであろう。こんなことを思うと、積極的に進出し、中国の発展に寄与するため、あの広大な大地に効率的な技術を投入して、更なる自然の恵みを得ることができれば、夢のある明日があるのではないかと、大連・瀋陽往復の特急列車の車窓から地平線まで続くとうもろこし畑を見ながらしみじみと考えさせられた。

以上





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