特  集 ロシア経済と沿海地方

                センター貿易投資アドバイザー 白鳥 正明

1.1998年ロシア経済と8月危機

 97年秋の金融不安とロシア経済の動揺:ロシア経済は、97年秋までインフレ率が低下し 生産も増加していたが、10月末からの外国資本の引き揚げで株価・国債相場・ルーブル相場が 下落し、外貨準備が61億ドルも減少して金融不安が始まった。98年2月にも外国投資家の売りで 株価と国債相場が下落し外貨準備が24億ドルも減少したため、中央銀行は公定歩合を28%から42%に 引き上げた。その後、3月28日のチェルノムイルジン内閣解任まで市場は安定していた。1ヵ月以上 続いた政治不安の後に成立したキリエンコ内閣は、IMF融資獲得のため徴税強化、歳出削減に努め、 7月末に43億ドルの緊急融資を受けたが、モスクワ金融市場では外資引き揚げによる国債とルーブル売りで、 相場は下落し外貨準備の減少が続いた。外貨準備は97年7月の245億ドルから98年9月初の125億ドルに半減した。
 急増した外貨現金流入と銀行対外借入:地方で外貨現金の流入超過額が97年には371億ドル もあったが、これは商品輸出額889億ドルの約42%、公的外貨準備の約1.5 ~2.7倍に相当す る規模であった。98年上半期にも外貨現金の流入超過額は91億ドルに達した。商業銀行の対 外純債務も、97年6月の19億ドルから98年6月の80億ドルに急増していた。ロシア国民と企業 は公的外貨準備を上回る外貨を持ち、商業銀行は対外借入依存度を高めていた。また石油・原料品 の国際価格下落で98年上半期にはロシア貿易収支も悪化した。
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 98年8月キリエンコ内閣の緊急措置:8月17日キリエンコ内閣は突如、ルーブル切下げ、 対外民間債務の90日間支払停止(モラトリアム)、短期国債の中・長期国債借替えを一方的に 声明した。外国投資家は巨額の損失を受けロシア不信感が高まっただけでなく、ロシアでは約30 %のルーブル切下げで多数の銀行が外貨債務支払不能に陥った。国民も賃金未払いに加えて物価急騰で 生活水準が低下し、預金引出しも米ドルのルーブル交換も困難になり、銀行パニックが発生した。 8月23日キリエンコ内閣は解任されチェルノムイルジン元首相が指名されたが、下院で2回も否決され、 9月11日プリマコフ首相が承認された。この間、8月末には経済政策の国家統制強化が 大統領・上院・下院・連邦政府間で政治合意された。
 98年8月緊急措置の影響:ルーブル切下げと国債の借替措置で外貨債務と国債保有が多かった 銀行の損失は、ロシア全体で約1,000億ルーブルを超え、大銀行の経営難が表面化し多数の銀行が 債務超過になった。米欧銀行もロシアの銀行への貸付金返済停止と先物為替予約の不履行、 国債借替による保有ロシア国債の償還延期と相場下落によって、多額の損失を受けた。最大の 損失を受けたのはドイツで、ドイッチェバンクが債務繰延べ交渉の米欧銀行団代表になった。 ロシア政府の99年返済予定総額は175億ドル(うちIMF50億ドル)であるが、98年末現在、米 欧銀行団とロシア財務省の民間債務繰延べ交渉もIMF等に対する政府債務交渉も終わっていない。 マスリュコフ第1副首相を団長とする交渉団が1月14日~16日ボストンを訪問、ハーバード大学経済 フォーラムに参加してIMFフィッシャー常務理事と会談し、IMF交渉団は1月下旬モスクワを訪問する ので、債務繰延べ交渉の結論は2月以降になる。

2.ロシア銀行システムの破綻と再編  ズベルバンクに対する預金譲渡:98年9月1日中央銀行は6大銀行に対して預金取引を禁止し、 ロシア連邦貯蓄銀行(ズベルバンク)に預金譲渡を命じた。6大銀行以外で3億ルーブル超の 預金残高をもつ銀行にも、ズベルバンクへの預金譲渡を勧告した。これは大量の預金引出に対して 6大銀行の支払不能の恐れがあり、また預金保険制度がないため、預金国家保証のあるズベルバンク に預金を譲渡させて預金者を保護する措置であった。(下表参照)

        [表-2] ロシアの預金総額上位 12大銀行

                      (1998年 4月1日現在、単位:百万ルーブル)
銀行名 預金総額 法人外資預金比率
1.ズベルバンク 138,487 9.5%
2.インコムバンク※ 6,544 50.8%
3.SBCアグロ銀行※ 6,516 32.1%
4.モストバンク※ 2,544 26.5%
5.メナテップ銀行※ 1,720 29.4%
6.ロシアクレジット銀行 1,534
7.ロシア・ブロムストイ・バンク※ 1,350 18.8%
8.アフトバンク 1,041 30.2%
9.ガスプロムバンク 807 13.5%
10.モスビジネスバンク※ 736 35.8%
11.ヴァズロジェネニェ 704 31.7%
12.サンクト・ベデルブルグ・プロムストロイ・バンク 684 22.3%
(出所):「経済と生活」誌、NO.30.1998年7月 ※は預金譲渡を命令された6大銀行

 大銀行の破綻と銀行合同:6大銀行は外貨預金も国債保有も多く、8月17日以前からすでに経営難に陥っていた。 9月1日、大銀行トコバンク(91年7月設立)の銀行認可が取消され、また中央銀行は農業部門を主取引先とする 大銀行SPSアグロ銀行に暫定管理人の派遣を決定し、財務内容の調査と再建計画の立案を開始した。また、9月4日、 預金者保護を目的にインコム・バンクに暫定管理人を派遣したが、預金者の訴訟が続き財務内容の悪化が明らかになった ため、10月29日銀行許可を取消した。財務悪化の原因は、ルーブル急落と大量の預金引出による支払不能、先物為替取引の リスク管理失敗であった。9月11日メナテップ銀行、モストバンク、MFK、オネクシムバンクの4大銀行は 「ロス・バンク」(資本金5億ドル)に合同を決定した。10月28日、中央銀行・銀行監督委員会は、 対外債務総額約5.25億ドルをもつオネクシムバンクの再建方針を承認し、営業継続のための支援を決定した。 98年秋からロシア各地で中央銀行による銀行認可取消しや銀行合同が続いている。

3.プリマコフ内閣の緊急経済政策と銀行再建対策

 プリマコフ・プラン:10月31日プリマコフ内閣は『ロシアの社会・経済情勢安定に関する政府及び 中央銀行の優先措置(プリマコフ・プラン)』を決定した。このプリマコフ・プランは11月15日に発表 されたが、第1部:国民生活の正常化、 第2部:経済安定条件の創出、 第3部:実体経済部門の回復、 第4部:統一国家権力の強化という4部91項目からなる総合措置である。 国民生活の正常化措置では、食料品・医薬品の確保、未払賃金の全額支給、 消費価格の統制などが予定され、経済安定化措置では、99年のインフレ率目標30%、 ルーブルの変動相場制、金融機関再建公社の措置、98年8月17日政府声明の国債借替方法変更、 連邦予算編成・執行制度の改正が示された。実体経済部門の回復措置には、 税制改正(付加価値税率と企業利益税率の引下げ等)、連邦政府と企業間の未払債務の解消、 ロシア開発銀行の措置、外国直接投資の促進、国有企業の民有化制度変更が含まれ、統一国家権力の強化では、 中央・地方予算支出権限の再配分、行政権限の地方移管などが示された。 このプリマコフ・プランはマスリュコフ第1副首相が中心になって作成されたが、 科学アカデミー経済部会の政策提言の多くが含まれた。しかし、アメリカ政府と IMFは旧ソ連ゴスプラン議長であったマスリュコフ第1副首相と旧ソ連ゴスバンク元総裁であった ゲラシチェンコ中央銀行総裁の就任に強い不信感を示し、プリマコフ・プランに対しても98年末現在、同意していない。
 プリマコフ・プランの企業未払債務対策、食糧備蓄措置、98年第4四半期予算はすでに実施に移された。 公務員とくに国防軍・司法機関要員の未払給与も大部分が支給され、99年にはインデクゼーションも実施される。 99年度連邦予算案も下院で基本承認された。
 ロシア中央銀行の銀行システム再建措置:中央銀行は9月2日、銀行危機の克服のため、 全銀行に対して国債価格の低下、貸付債権の焦付による損失評価報告書を、また債務超過銀行には 債権計画の提出を命じ、9月11日には『銀行債権の一般原案』を決定した。
 11月12日、コズロフ中央銀行第1副総裁の下院説明によると、中央銀行の銀行債権計画は総資産の約3分の1を 占める720 銀行の閉鎖を予定し、その他銀行の救済に1,410億ルーブル(8.85億ドル)が必要になる。 11月10日までに148億ルーブルの銀行救済融資が実行されたが、98年末までにさらに50億ルーブル、 99年に250億ルーブル必要である。(下表参照)

     [表-3] ロシア中央銀行の銀行救済計画

グループ 総資産
シェア%
家計貯蓄
シェア%
銀行数 救済・投融資源
(憶ルーブル)
15.0 8.4 500~600
10.5 18.3 190 65
41.0 40.0 18 475
34.5 33.3 720 破産・清算

 11月21日、中央銀行は『ロシア連邦の銀行システム再建に関する措置』を発表し、 ロシア銀行システムの特徴は、過少資本、未償還債務の累積、投機的利益の追求、大株主取引への依存、 中間管理者の個人的利益追求、最高経営者の政治的行為と大規模な政治的融資にあると指摘した。 この措置は、多数の銀行を、安定的に営業中の銀行(第1グループ)、中核的な地域銀行(第2グループ)、 自立的に営業できない破綻は適切でない大銀行(第3グループ)、流動性がない債務超過銀行(第4グループ)の 4グループに区分し、98年中に再建措置のコスト、制度等を準備し、 99年上半期に第2及び第3グループの銀行再建が実施される。
 98年11月末には金融機関再建公社が設立され、初代総裁にゲラシチェンコ中央銀行総裁が就任した。 金融機関再建公社は、債務超過銀行と再建銀行の過半数株式を取得して国有化し、その資産処分と清算手続きを実施する。 また、中央銀行は銀行再建に地域銀行の強化と、過小資本の是正に外国銀行の出資参加を構想しているので、 今後、ロシアの銀行資本再編と銀行界の大きな変動が続き、産業界にも影響すると予想される。

4.8月危機と沿海地方経済

 8月危機と価格統制:8月17日のルーブル切下げにより消費物価が急騰したため、 沿海地方知事は9月9日命令第458 号『商品・サービスの価格上昇をもたらした 沿海地方の社会・経済安定化臨時措置』を発令し、特定消費財の卸売価格値上幅を制限した。 この命令で設定された値上幅は、沿海地方外で生産されたガソリン・ディーゼル油が35%、 卵・小麦粉・マッチ等が25%、砂糖・塩・食肉が20%、その他商品が15%であった。 沿海地方内の生産物は卵・小麦粉が20%、砂糖・食肉・魚類が15%、その他が10%、 輸入品は15~10%であった。また、沿海地方内の特定消費財の製造企業は、卸売価格に 原価の10%以上の利益を含めてはならない。特定消費財の製造企業は、 沿海地方行政府の価格統制委員会と各市・町に価格設定を届出することになった。 しかし、この価格統制の効果はまだ明らかではない。
 沿海地方銀行界の変化:98年初から中央銀行沿海地方管理総局は銀行監督を強化し ナホトカ銀行、ウスリスキ・アグロプロムバンク、トコバンク支店、アジア太平洋外国貿 易銀行の認可を取消した。8月危機後インコムバンク支店とエヴロバンクが認可を取消された結果、 98年中に地元銀行4行とモスクワ本店銀行の2支店が閉鎖された。他方、小規模なメルクーリ銀行 が取消された認可を回復し、ダリネヴァストーチヌイ銀行は、98年10月ロシア200大銀行の80位に格付 けされ、11月初、欧州復興開発銀行(EBRD)から中小企業向け小口貸付(3万ルーブル以下、期間6ヵ月、 金利65~80%)5件の代理業務取扱を指定され、また沿海地方政府の保証で中央銀行から5千万ルーブルの安定化 融資も受けた。8月危機前にはロシア100大銀行の中位にあったダリルイブバンクは200大銀行から姿を消したが、 中国建設銀行の子会社である中国投資銀行とコルレス関係を新設して、対中国貿易のルーブル決済を可能にした。 モスクワのMDM銀行ウラジオストク支店は9月から、米ドルだけでなく日本円、韓国ウオン、中国元等の現金売却 を活発化させた。ナズドラチェンコ知事は中央銀行の地域銀行合併支援方針により、ダリネヴァストーチヌイ銀行と ダリルイブバンクの合併斡旋に動いたが、両行の同意を得られなかった。
 8月危機後の沿海地方経済:8月17日まで食品工業を中心に生産量が増加し、食肉加工、水産加工、菓子製造、 建設業、農業で新設企業がみられた。8月危機後、沿海地方の企業は銀行借入がほとんど不可能になり 運転資金難に陥った。銀行もまた外国銀行にあるコルレス勘定を凍結され、輸出荷為替取引が不可能になり、 9月中の貸出を停止し、その後も貸し渋りが目立った。中央銀行・沿海地方管理総局のデータによれば、 98年間の銀行貸付総額は19億ルーブルに達したが、その30%が期日に返済されず、製造業と商業・レストラン の返済遅延が多かった。しかし、銀行は国債取引を停止されたため、顧客取引を重視し始めた。労働市場では 求人が激減し、簿記会計以外の専門職とくに証券・金融専門職の求人がなくなった。
 水生物資源の管理強化と沿海地方漁業:98年12月、連邦政府政令『水生物資源国家管理強化令』が公布されたため、 極東地域の漁業者は99年から、タラ、ミンタイ、サケ、チョウザメ、蟹など18種類の魚類の漁穫料を納付するこ とになった。この措置は沿海地方を含むロシア極東の漁業に経済的な負担となる。連邦会議(上院)で 審議差止めになっている『動物・水生物資源利用権利料法案』にも、下院で審議中の『租税法典草案』にも 漁業者から漁獲料を徴収する規定が含まれているので、ナズドラチェンコ知事はセレズニョフ下院議長に対して 『租税法典草案』から漁獲料の規定を除くよう陳情した。漁獲料の算定基礎はまだ明らかではないが、 沿海地方漁業者にとっては打撃である。また外資系漁業会社には水産資源の無制限処分権があり、価格設定も 自由なので漁獲物の価格上昇は避けられないだろう。                         




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