福井アドバイザーの 海外ビジネスコラム

第15回 闇の中の一筋の光明

(公財)富山県新世紀産業機構 アジア経済交流センター
海外ビジネスアドバイザー 福井 孝敏

 米中の「貿易戦争」や新型コロナウィルスの世界的蔓延等で世界の貿易もとかく自国本位的、保護主義的な動きが注目を集める中、久しぶりに「自由貿易」の息吹を感じる出来事があった。
 即ち、去る11月15日に日本をはじめとする中国、韓国、ASEAN10か国、オーストラリア、ニュージーランドの計15か国が「東アジア地域包括的経済連携(RCEP)」に署名した。2012年11月にカンボジアのプノンペンでRCEP交渉の立上げが宣言された当時は上記の15か国にインドを加えた16か国であったが、8年に及ぶ交渉の末の合意であった。最終的にインドは署名に至らなかったが、しかし、インドには将来的な加盟円滑化や関連会合へのオブザーバー参加を容認する等インドの早期加盟への特別な措置も設定されている。
 参加する15か国のGDP合計は2019年ベースで25.8兆ドルで、世界全体の29%、人口の合計は22.7億人で世界の30%、貿易総額(輸出額ベース)では5.5兆ドルで世界合計の29%を占めると言う超大型の枠組みである。
 また、日本にとっては、中国、韓国と自由貿易協定を締結するのは初めてで中国、韓国の双方に拠点を持ち、相互でのモノのやり取りを行っている企業にとっては大きなメリットが生まれる事になる。
 日本のRCEP協定参加国に対する投資額は全体の27.9%、輸出額の43.2%、輸入額の50.5%と非常に大きな割合を占めていて、今後の日本の経済成長に大きく寄与する事が期待される。

 RCEP協定で合意された貿易での関税撤廃率は品目数ベースでは91%に及ぶ。 日本の関税撤廃率はASEAN加盟国、オーストラリア、ニュージーランド向けが88%、中国向けが86%、韓国向けが81%だが、これが更に引き上げられる事になる。一方、RCEP協定参加国の日本に対する関税撤廃率は、ASEAN、オーストラリア、ニュージーランドが86-100%、中国が86%、韓国が83%である。

 工業製品についての関税撤廃率はASEANに関しては98.5%(現行の日ASEAN包括的経済連携協定での数字)から99.1%とほぼ変わらないが、中国に関しては47%から98%へ、韓国に対しては47%から93%へと極めて大きな引き上げとなる。なかでも、化学製品、繊維・繊維製品については関税を即時又は段階的に撤廃する事が決まった。
 日本はRCEP協定により、工業製品については14か国全体で関税撤廃率92%を獲得した。
 初の同一EPAへの参加となった中国と韓国は、工業製品での無税品目が中国で8→86%、韓国が19→92%へと大きな引き上げが実施される事になる。2か国合計で輸出額16兆円分に相当する。
 RCEP協定でのもう一つの柱である投資について見てみよう。この協定で参加国は外資規制の撤廃や縮小が義務付けられる。日本企業のアジア事業は常に外資規制との戦いであり、協定発効により欧米企業との競争で大いに有利に働く事が期待される。
 特に中国とは製造業だけでなく、保険、不動産、サービス業等幅広い分野で外資規制を免れる事になる。例えば、高齢者向け福祉サービス、高級アパート・オフィスビル等の不動産サービスについて外資出資比率に関する規制を実施しない事になった。
 また、韓国とは一部分野を除いてライセンス契約に基づくロイヤルティーを一定の額や率にするよう要求しない事が約束された。

 今回のRCEPの合意は冒頭に記したように保護主義的な動きが強まる中で、自由貿易こそが経済回復の起爆剤となると言う強い期待と意思が読み取れる。日本企業にとっても特に外資規制の撤廃や緩和が今後アジア投資を行う上での障害が減る事となり、大きな意味がある。

 以下に貿易での関税撤廃やサービス業等の投資分野に於ける合意内容の概要を記す。

主な輸出関税撤廃製品

サービス輸出分野に関する外資規制の撤廃・縮小項目

投資分野における外資規制の撤廃・縮小に関する約束事項
 (図表引用:「アジア・マーケットレビュー2020.12.1」重化学工業社 p.14~15)

 さて、中国を巡っては最近、注目すべき発言が習近平国家主席から放たれた。
 即ち、11月20日のAPEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会議(オンライン)で同主席は「中国はTPP(環太平洋パートナーシップ協定)に加入する事を積極的に検討する」と述べたのである。
 TPPは、元々は2005年にブルネイ、シンガポール、チリ、ニュージーランドの4か国によって署名された「環太平洋戦略的経済連携協定(TPSEP)」がオリジナルであるが、2008年からはこれに日米、ベトナム、マレーシア、オーストラリア等計12か国での交渉となり、紆余曲折を経て、2016年2月に署名された。
 その後、米国のトランプ大統領が2017年1月にこれからの脱退を宣言し、米国抜きでは協定の発効が困難である事から、残り11か国によって協定の見直し作業が始まり、2018年3月にその11か国によって最終的に署名された(正式な協定の名称は「包括的且つ先進的な環太平洋パートナーシップ協定(CPTPP)」、通称TPP11)。
 このTPPに中国が加入したいと述べた背景にはTPPを離脱した米国が政治的な移行期にあり、バイデン政権になってTPPに復帰する可能性も取りざたされる中で、自由貿易を推進する姿勢を強調する事でアジア太平洋地域での影響力を強めたいとの思惑があるのではと捉えられている。
 実際、中国がTPPに加入するには相当に高いハードルがある。例えば、国有企業への補助金等の優遇措置の是正や知的財産の保護等、RCEPを含む他の多国間貿易の枠組みよりも高い自由化を求める規定や関税撤廃率もRCEPより高い比率にする規定があり、中国が直ちにこれを受け入れる事は難しいと考えられる。
 米国の新政権のTPPに対する姿勢も不明だが、米国内には共和党だけでなく民主党内にもTPP反対論が根強くあり、復帰は一筋縄では行かないと見られている。中国は米国が復帰する前に加入したいとの思惑があるのだろうが、上記のように加入のためのハードルが高い事や今のTPPの全加盟国の賛同が必要な事などこれも一筋縄では行かないであろう。

2020年12月15日記