福井アドバイザーの 海外ビジネスコラム

第16回 米中関係の今後と中国のワクチン外交

(公財)富山県新世紀産業機構 アジア経済交流センター
海外ビジネスアドバイザー 福井 孝敏

 1月20日(現地時間)、米国で第46代となるバイデン大統領が正式に就任した。民主党が4年ぶりに政権を奪還した事になる。昨年11月に大統領選と同時に行われた議会上下両院の選挙でも民主党は多数派を占め、バイデン大統領にとっては政権運営上、最高の船出となった。
 21分間の就任演説では、米国が「新型コロナウィルス」「景気後退」「人種間格差」「気候変動」と言った複数の「危機と困難」に直面していると指摘し、その上で「私たちはこれを乗り越える」と強調し、「団結(unity)」と言う言葉を11回も使用した。また、40万人を超えた国内のコロナ感染死者を悼んで国民に黙とうを呼びかけた。
 外交面では「同盟関係を修復し、再び世界に関与する姿勢へと回帰する」と宣言、「世界の平和や安全に向け、米国は強く信頼されるパートナーとなる」と述べ、多国間協調に背を向けたトランプ前政権からの転換を鮮明にした。
米国の政治史上、最高齢(78歳)の大統領となったバイデン氏は1973年以来、50年近くにわたって上院議員や副大統領職を務め、いわば政治運営の裏表を知り尽くしており、オバマ、トランプと続いた「劇場型政治手法」とは異なり、「実務型」の手法で政権運営をすると見られている。
 しかし、現職大統領として史上最高得票(74百万票)だったトランプ氏を支持する勢力は非常に厚く(バイデン氏当選確定後の世論調査でもトランプ支持は実に34%に上り、共和党支持者に限れば実に80%の支持率だった)、バイデン大統領はこのような国民の間の「断層」を如何に埋めるかの手腕が問われる事になる。

 日本にとって最大の関心は米中関係の行方であろう。トランプ氏と比較的ケミストリー(相性)が合ったと言われる安倍前政権の基本政策を継承している現菅政権は日本外交の基軸としての日米同盟の更なる強化を図るとしている。基本的に自国の利益を優先させて来たトランプ前政権は、それを脅かす最大の勢力として中国との対決姿勢をエスカレートさせて来た。2020年5月に発表した「中国に対する米国の戦略的アプローチ」で「米中関係は異なるシステム間での長期的な戦略競争」と位置づけた。米国の対中強硬姿勢は、貿易赤字や不公正な貿易慣行の是正から国家安全保障、技術覇権の争い、更に人権問題、自由主義と共産主義のイデオロギー対決にまで領域が拡大・深化してきている。このような対中強硬方針は議会内では党派を超えた超党派のものである。トランプ大統領の退任の前日の1月19日にポンペオ国務長官は中国政府による新疆ウィグル自治区でのウィグル族弾圧について国際法上の犯罪である「ジェノサイド(大量虐殺)」と認定したが、これについてはバイデン政権で国務長官となるブリンケン氏は「賛成する」と述べている。また、次期国防長官のオースティン氏は「世界的に見て米国の取組の中心はアジア、とりわけ中国である」と述べている。こう見てくるとバイデン政権になって米中関係が改善すると思われる要素はない。
 一方の中国はバイデン政権の船出に対し「祝意」を表し、米中関係にこそ「団結」が必要としている。経済力、軍事力等を総合した力では未だ米国には劣後している中国としては当面は米国との関係を出来るだけこじらせないように「穏忍自重」路線を取り、国力の差を詰めていくように考えているのだろう。
 経済力に限れば、2020年のGDP成長率が主要国では唯一プラスとなった(2.3%)中国は米国とのGDP逆転 がこれまでは2030年前後かと予測されていたが、それより早い2025年には逆転するとの予測も現れている。軍事力については恐らくそれよりは遅いと思われる。  いずれにせよ、中国は新型コロナウィルス感染症が世界一蔓延して経済が大きく疲弊している米国を尻目に、世界の中での中国の存在を出来る限り大きくさせるべく行動しているように見える。米国新政権になっても米中の関係が大きく好転する可能性は低く、バイデン政権が同盟国との関係強化を標榜する中、世界各国が中国との距離を大きくする事がないように、むしろ距離を縮めるような関係の構築に勤しんでいる。

 そういう関係作りのために中国が盛んに推進しているのが所謂「ワクチン外交」である。新型コロナウィルス感染症に対するワクチンの開発は世界全体にとっての急務であり、主要国でその開発が進行中である。その中で、中国はこの感染症の発信源とのイメージの払しょくもあり、自国産ワクチンの開発にとりわけ熱心である。現在、中国では2社がこのワクチンを生産している。即ち、一つは「中国国家医薬集団」(シノファーム)、もう一つが「科興控腔生物技術」(シノバック)である。両方とも中国国内で治験中であるが、中国はシノファームのワクチンについては2020年12月31日に条件付きで承認したが、シノバックのワクチンはまだ承認はしていない。
 これらのワクチンを中国は特に新興国に無償で供与する事で、欧米で開発されている高価なワクチンを購入する事が難しいそれらの国に中国の存在を強くアピールしている。既に王毅外相が1月早々にアフリカや東南アジア諸国を訪問し、その際の最大のポイントがワクチン供与である。

主な新型コロナウイルスワクチンの開発状況
表1(引用元:AnswersNews 2020年9月7日
 https://answers.ten-navi.com/pharmanews/19198/ )

中国製ワクチンの契約状況
表2(引用元:毎日新聞 2021年1月20日 東京朝刊)

 ところで、開発競争状態にあるワクチンにはどんな種類があるのであろうか。
 表1にある通り、中国製のワクチンはいずれも「不活化ワクチン」である。これは薬剤処理をする事により、感染・発症する能力を失わせたウィルスを投与するもので、感染性のないウィルス自体を投与する事で免疫システムにウィルスの構造を記憶させるものである。インフルエンザワクチンがこれに当たる。このワクチンは免疫が維持される期間が比較的短く、期間を空けて複数回投与する必要がある。
これに対し、日本が2月から国民に接種を開始する米国ファイザー社のワクチンは「mRNAワクチン」で、これは遺伝子を利用したワクチンである。人間の体内でDNAからタンパク質が作られる時に一度RNAと言う物質を介する。そこで始めから新型コロナウィルスのタンパク質を作る過程で作られるRNAを投与する事で免疫システムを活性化させるものである。但し、この方法で作られるワクチンがこれまで感染症の治験で成功した実例がなく、そもそもヒトで免疫が獲得出来るのか効果が不透明だとされている。また、RNAは非常に壊れやすく、ワクチンとして投与する際に脂質等でコーティングする必要があるとか、保管時にはマイナス70-80℃で管理する必要があり、輸送インフラも含めた課題がある。
 現時点で中国製ワクチンを使用する事が承認されていて中国と供給契約を締結している国は表2のとおりである。中国は国家的プロジェクトとして「一帯一路」を強力に推進しているが、このワクチンを使った動きを「健康シルクロード」と称している。

全世界で感染者が1億人にならんとしている新型コロナウィルス感染症の終息は間違いなく当面の世界で最大の課題であり、米中が共にこの課題の解決に向けて努力している事は歓迎すべき事である。この感染症に限って言えば、発信源として疑いの持たれている中国には現在WHO(世界保健機関)の調査団が滞在して調査活動を行っており、その調査結果が極めて注目される。その結果によって中国の世界に於ける立ち位置も大きく変わってくるかも知れない。

2021年1月22日記