福井アドバイザーの 海外ビジネスコラム

第18回 <緊急>ミャンマーで軍によるクーデター

(公財)富山県新世紀産業機構 アジア経済交流センター
海外ビジネスアドバイザー 福井 孝敏

 ミャンマーの国軍系放送局「ミャワディ」は2月1日、午前8時半(現地時間)に大統領令(1/2021)を発表し、ミャンマー憲法417条および418条の国家緊急事態宣言の規程に基づき、国家の司法・立法・行政の権限が大統領から国軍司令官に委譲されたと報じた。この大統領令は、国軍から選出されたミンスェ副大統領の名前で発令され、同副大統領は暫定大統領となった。
 大統領令は、2020年11月の総選挙で国軍などが有権者名簿に誤りを指摘したにもかかわらず、政府および選挙管理委員会は見直しを行わず、同総選挙結果に基づいた議会を当初予定どおり開催しようとしたことなどは民主主義に対する違反だと説明。また、こうした行為は、憲法417条に定める国家主権を強制的手段を用いて奪取することに該当し、民族の団結を喪失させた、などとしている。憲法417条には、国家緊急事態宣言を発表した場合、その有効期限は1年と定められている。

 クーデターが発生した「2月1日」は、昨年11月8日に実施された総選挙の結果を受けて新たな議会が招集される日であった。その議会で3月にも新政府が発足する予定であった。
総選挙の結果は以下の通りであった。

政党2015年選挙結果2020年選挙結果増減
国民民主連盟(NLD)390396+6
連邦団結発展党(USDP)4133-8
シャン民主連盟(SNLD)15150
他の少数民族地域政党4532-13
選出議席数491476-15
未選出(空席)722+15
両院定数(軍人枠166を除く)498498.

 今回の選挙で選出される両院定数は498議席であるが、選挙を経ずに予め決まっている軍人枠が、上院は224のうち、56あり、NLDの獲得議席は138、下院は440議席のうち、軍人枠110でNLDが258で、アウンサンスーチー氏が率いるNLDが上下両院の過半数を単独で占める結果となった。(なお、未選出とあるのは少数民族武装勢力が活発に活動している地域での投票所設置を選挙管理委員会が取りやめた事による。)

 今回の選挙前の予想では、NLDが議席を減らすとの見方が多かったが、蓋を開けてみればNLDは6議席増で、軍事政権の流れを汲むUSDPが8議席減と言う結果となった。前回(2015年)は半世紀ぶりの民主的な選挙で熱狂的な人気のあったスーチー氏が率いるNLDの勝利は大方の予想通りであったが、それほどの人気が無かった今回、前回を上回る獲得議席となった要因は、専門家によれば経済成長を背景にした住民の生活水準の向上だったのであろう。多くの国民は身の回りの生活環境・水準を軍政時代と比較して判断する。軍政時代は電気は電線を伝わって「来る」ものではなく、バッテリーを持って「買い」に行くものであった。従い、当時はバッテリーで動く電化製品しか使えなかったが今では農村部でも電化率は55%になっている。また携帯電話やバイクも庶民の手の届かぬ高嶺の花であったが、今では頑張ればローンを組んで買える。 2020年総選挙の当日、ミンアウンフライン国軍最高司令官は選挙結果を尊重すると発言した。しかし、NLDの大勝が明らかになるにつれ、選挙不正があった可能性があるとして、NLDや選挙管理委員会をけん制する発言をするようになった。結果が判明した選挙後には国軍系の野党・USDPは選挙に不正があったとして、「国軍の協力の下で」選挙をやり直すべきであると訴えた。ここで注目すべきはUSDPがわざわざ「国軍の協力の下で」と付け加えている点である。ここで国軍が頼りにできるのは、国軍の自律と国政関与を規定する2008年憲法しかない。国軍の国政関与のロジックは政党政治(party politics)が混乱したとき、国軍が国民全体の利益を代表する国民政治(national politics)を行うというものである。しかし、今回のUSDPの大敗によって、スーチー氏の悲願である2008年憲法の改正が現実のものになるのでは、と軍部が不安を抱くのは想像に難くない。このような事が今回のクーデターの背景ではないかと考えられる。

 クーデターは国際的に大きな波紋をもたらしている。米国をはじめとする欧米諸国や国連は民主的な選挙によって成立する政権を武力によって覆す「暴挙」との批判を強めており、バイデン大統領はミヤンマーに対する制裁の復活も考慮するとしている。注目されるのは中国の反応であるが、中国政府は1日、「ミヤンマ-各方面が適切に対立点を処理し、政治と社会の安定を維持することを望む」と述べるにとどめている。中国にとってはミヤンマーは「一帯一路」でインド洋への出入り口として地政学的に重要な位置を占めていて、本年1月にも王毅外相がミヤンマーを訪問し、スーチー氏らと関係強化を確認している。また中国製コロナワクチンのミヤンマーへの無償提供も約束している。

 我が日本はどうか。2020年末時点での日系企業進出数は433社にのぼっている。特に2015年のスーチー政権発足後にはヤンゴン郊外に広大な工業団地(ティラワ)を官民の協力で建設していて、トヨタも2019年に自動車組立工場の建設を発表し、今月にも完成する予定だった。既に進出済みのスズキは2工場の稼働を停止していると伝えられている。また、鹿島建設やフジタ等の建設会社も大規模な都市開発や大型オフィスビルの建設を進めている。 今後、米国等の経済制裁措置が発動されたりすれば日本企業も大きな影響を免れないであろう。
 また、政治的には今回のクーデターで国家権限を掌握したミンアウンフライン最高司令官を日本政府(自衛隊統合幕僚長)は2014年に日本に招待していて 当時の菅官房長官が官邸で会談している等軍の関係者とも関係を維持している。
 なお、富山県企業では2019年10月時点で7社(建設、工作機械、IT,繊維等)が進出済みで、他にも貿易関係で関係を有する企業もある。(製薬等)

2021年2月2日記