福井アドバイザーの 海外ビジネスコラム

第19回 中国との向き合い方

(公財)富山県新世紀産業機構 アジア経済交流センター
海外ビジネスアドバイザー 福井 孝敏

 2021年1月20日、米国にジョー・バイデン大統領、カマラ・ハリス副大統領の政権が正式に発足した。2017年1月から4年間の共和党ドナルド・トランプ政権から民主党政権への交代となる。昨年11月3日の大統領選挙結果を巡るトランプ氏の異議に発する政治的混乱やジョージア州の上院選の再投票等もあり、正式に連邦議会でバイデン氏の勝利が確定したのは1月6日であった。その後のトランプ氏の自身2度目となる弾劾裁判(議会上院で2月13日に否決され、弾劾とそれに伴う公民権はく奪―2024年の大統領選挙への出馬が絶たれるーは免れた)審議・決着もあり、政権の閣僚の上院での承認手続きが大幅に遅れている。主要閣僚で、大統領不在時の職務継承順位が高位(4-6位)の国務長官(アントニー・ブリンケン氏)、財務長官(ジャネット・イエレン氏)、国防長官(ロイド・オースティン氏)は既に承認済みである。
 ここで気になるのはバイデン政権の政策がどのようなものになるであろうか、と言う点である。バイデン大統領は就任を受け、各国と電話会談を行っていて、カナダ(1月22日)、メキシコ(1月23日)、英国(同)、フランス(1月24日)、ドイツ(1月25日)、ロシア(1月26日)とこなし、アジアでは最初に日本と1月27日(日本時間で28日未明)に会談を行い、韓国とは2月4日であった。注目の中国の習近平主席とは2月10日に会談が行われたが、大統領就任後20日余り経過していた点に米中相互不信の象徴のように捉える向きもある。2月10日と言うのは今年の中国の春節が2月12日であったため、その直前に当たり、この電話会談を伝える中国の発表は冒頭で「バイデン氏が中国の人民に新年の挨拶をした」と始めたが、逆に見れば春節祝いと言う名目でしか対話の気運を醸成できなかったとも言える。
 バイデン氏はこの電話会談の直前に国防総省で職員向けに演説を行っている。その中で、安全保障に関する新たな対中戦略の策定に着手した事を表明し、国防総省に戦略策定のタスクフォースを設置して、同盟国との連携の在り方や米軍の態勢、技術分野での戦略見直し等を行うとした。このタスクフォースの座長には中国の専門家で国防長官特別補佐官を務めるラトナー氏(バイデン副大統領時代の国家安全保障担当の副補佐官)が就き、今後4か月以内に提言をまとめる事になっていると報じられている。バイデン氏は国防総省での演説の中で、「中国との将来の競争で米国民の勝利を確実なものにする」と強調した。
 ところで、バイデン政権の対中姿勢に関して、ホワイトハウス報道官が1月25日の会見で「政権は中国との関係では《戦略的忍耐》を持って取り組む意向」と述べた事に日本で注目が集まった。《戦略的忍耐(Strategic Patience)》と言う言葉はオバマ政権時に対北朝鮮政策を指す言葉で、その結果北朝鮮の核兵器の開発を黙認してきた事を想起させるとして注意を呼んだ訳だが、その後(2月9日)の日本のメディアに対する説明で「インド太平洋と中国に関する包括的戦略を構築する上で、戦略的忍耐と言う過去の政策的枠組みを採用する意図はない」としている。バイデン政権は、対中戦略を含むインド太平洋戦略に関し、地域の同盟・パートナー諸国と協議をしつつ見直し作業をしているので、この見直しを踏まえた新たな対中戦略が本格的に策定されるまで多少の時間がかかると言う意味と受け止められている。
 それでは、2時間にも及んだと言う先の米中電話会談で中国の習近平主席は何を話したのか。習氏は「過去半世紀余りの国際関係で最重要の事件は中米関係の回復と発展だ」と二国間関係の重要性を繰り返し述べている。一方で、共産党による一党独裁体制の尊重を求め、台湾や香港、新疆ウィグル自治区等の「核心的利益」への干渉は内政問題だとはねつけ、米国側が誤りを正すべきと言う姿勢は維持している。また中国はバイデン氏が世界的パンデミックや気候変動問題等では中国との連携を明言している事は積極的要素と受け止めている。いずれにしても、米中関係は米国の対中戦略が固まるまでは様子見となるであろう。

 さて、中国の対外姿勢の観点で日本として看過できない問題が出て来た。それは2月1日に施行された中国の「海警法」である。海警法は中国の海洋警備を担う中国海警局(日本で言えば海上保安庁に相当)の武器使用規定等を定めた法律である。海警局は元々、中国国務院傘下で国土資源省と公安省の指導を受ける組織であったが、2018年1月にこれを中央軍事委員会傘下の武装警察の指揮下に入る事に改編している。それ以来、海警局は人民解放軍海軍と共同の訓練も実施していて、事実上の「第二海軍」となっている。
 このような海警局を海警法により、「重要な海上武装力量且つ国家の法執行力量」と位置づけ、国防と警察と言う二つの役割を担わせた。この法執行が及ぶ範囲として「管轄海域」と規定、「管轄海域」とは「内水、領海、接続水域、排他的経済水域(EEZ)、大陸棚及び中国が管轄するその他の海域」としていてその範囲は広大且つ曖昧である。そもそも、「管轄海域」と言う定義は国際法上には無く、中国がこのような定義をした背景は南シナ海に於ける所謂「九段線」の内側(ほぼ南シナ海全域に相当)の権益を中国のものと主張してきた(2016年にハーグの仲裁裁判所はこの主張を全く根拠が無いとの判決を出している)からと考えられる。
 問題はこれに止まらず、法執行の権限の強さにもある。国際法では領海内であっても他国の軍艦や公船に対する法執行権限は制限される。だが、海警法は外国軍艦や公船が「管轄海域」で不法行為をすれば「強制退去、えい航等」の措置を取る権利があると定めている。更に「管轄海域」にある島や構造物を強制撤去する権限も盛り込んでいる。他国はこうした行為を法執行か軍事行動かを判別するのは難しく、偶発的な衝突につながるリスクがある。加えて、「国家主権や管轄権が侵害されれば、武器使用を含むあらゆる措置で排除できる」としていて、外国船舶に対して手持ちの武器を使用できる範囲も「管轄水域」と曖昧にしており、日本の海上保安庁法が原則「内水又は領海」としている点とも大きく異なる。
 海警局は法の施行直後の2月15、16日には連続してその船を尖閣諸島の日本の領海内に進入させ、操業中の日本の漁船に接近した事案が発生している。いずれも、海上保安庁の巡視船が出動してその後、領海外に出たがこのような行為が今後頻発する懸念がある。
 これに対して、日本もこのような平時か有事かの隙間の事態に備える法整備が必要との声が高まっている。以前、民主党が提案した「領域警備法」のような法整備を検討する動きがある。

 筆者は中国ビジネスに長年携わってきたが、中国は契約書の交渉等の局面にあって、既に合意に達していた事項を巡って「やはりそれは飲めない」と突然に議論を蒸し返し、それを交渉の最終局面になって「飲む代わりに、これを認めよ。そうすれば最終的に合意する」と言う交渉材料にする事が良くある。南シナ海のベトナムやフィリピン等と領有権争いをしている島や岩礁に勝手に構造物や滑走路を建設しているのも後々の争いの場で、さも「既得権」として交渉材料にしようとする態度も同じである。
 最近ではインドやブータンと領有権が明確でない土地に勝手に建造物を作ったりしているのも同じである。それらに相手が少しでも実力行使をしようものなら、相手が先制攻撃をした、中国は被害者だと主張するのは十分想像される。
 中国は今年7月に共産党建党100年を迎え、2049年には建国100年を迎える。習近平主席のスローガンは「中華民族の偉大なる復興」であり、その中の大きな課題が台湾の併合である事も明らかで、そこに向けて着々と既成事実を積み上げて行くであろう。一部には台湾が実効支配している「東沙諸島」を狙っているとも言われる。
 こうした実態を受け、これまで経済的な配慮からややもすると中国に融和的な態度も見られた欧州諸国でも、こうした中国の存在の高まりに対して対抗的な姿勢も見え始めている。英国がアジア海域に初めて空母を派遣するとしていて、またドイツもフリゲート艦を派遣する計画とも言われる。

 中国はアヘン戦争後の1842年の南京条約で香港や主要な港を英国に割譲させられ、その後の日清戦争(1894年)で台湾を日本に割譲させられ、1949年の中華人民共和国誕生までの「屈辱の100年」の恨みを晴らす事が最大の国家目標となっている。それが先述の「中華民族の偉大なる復興」なのである。  従い、これまでに記した行動もその目標達成のための一里塚であり、今後このような動きは留まる事はないであろう。
 このような中国に向き合う日本としては、一国で対応するのではなく、国際的な理解を得て、パートナーと共に対処する努力を積極的に進めて行くのが正しい道であると思う。菅首相は2月19日にオンラインで開かれた「G7首脳テレビ会議」で、東シナ海、南シナ海での中国による一方的な現状変更の試みについての日本の懸念を伝えている事はそうした行動の一環であると思う。

2021年2月19日記