福井アドバイザーの 海外ビジネスコラム

第22回 日米が合意した半導体サプライチェーンの構築について

(公財)富山県新世紀産業機構 アジア経済交流センター
海外ビジネスアドバイザー 福井 孝敏

 4月16日(現地時間)に米国ワシントンにて行われた「日米首脳会談」は1月に就任したバイデン大統領にとって、対面形式による就任後初めての首脳会談となった。バイデン大統領は2月初めの外交政策に関する演説で、中国を「最も重大な競争相手」と位置づけ、「アメリカの繁栄や民主的な価値観への挑戦に直接、対処する」と述べている。具体的に「経済の悪用と攻撃的で威圧的な行動、人権と知的財産、グローバルガバナンスへの攻撃」を挙げて、これらの分野で中国に対抗して行く姿勢を強調した。一方で「アメリカの国益に利する場合は中国政府と協力して行く用意はある」とも述べ、新型コロナウィルスや気候変動、核拡散と言った世界的課題への対応を念頭に中国との協力を探る考えも示した。
 このようにバイデン政権の外交政策では、前トランプ政権時と同じく「中国への対抗」が最優先の課題となる中で、その中国と最前線で向き合う日本を「日米同盟」を確認する形で引き込むための今回の首脳会談であったと位置づけられるだろう。
 会談後の共同声明では、中国の威圧的な行動への懸念や東シナ海、南シナ海での中国の一方的な現状変更への試みや不法な海洋権益に対する主張や行動への反対を記したに止まらず、従来言及した事のない「台湾」に触れた事が特徴的である。即ち、「台湾海峡の平和と安定の重要性を強調すると共に、両岸問題の平和的解決を促す」とし、「中国との率直な対話の重要性を認識すると共に直接懸念を伝達して行く意図を改めて表明し、共通の利益を有する分野に関し、中国と協働する必要性を認識した」とした。この中の「両岸問題の平和的解決」は中国自身がこれまでも使用している表現であり、また後半部分の対話や協働の部分は中国側の反発を少しでも抑えると言う日本側の意向が反映されたとも伝えられている。

 今回の首脳会談でもう一つ特徴的であったのは「日米競争力・強靭性パートナーシップ」と言う文書が発表された事である。この中で「競争力・イノベーション」、「新型コロナウィルス感染症対策・グローバルヘルス・健康安全保障」、「気候変動・クリーンエネルギー及びグリーン成長・復興」と言う3つの分野での協調が謳われている。
 この中で筆者がとりわけ注目したのは、「競争力・イノベーション」にある以下の部分である。
 「半導体を含む機微なサプライチェーン及び重要技術の育成・保護に関し協力する」
 「日米が半導体の供給で協力する」と聞けば隔世の感を禁じ得ないのは筆者に止まらないのではないか。
 1985年6月に米国半導体工業会が「日本の半導体メーカーが不当に廉価販売している」としてダンピング違反を米通商代表部(USTR)に提訴した。対日貿易赤字が拡大して米国企業の業績が悪化する中で米国が狙いを定めたのが半導体であった。76年に結成した「超LSI技術研究組合」でシリコンウエハーに回路パターンを転写する露光装置などの半導体製造技術を磨いた日本は、当時、64キロビットDRAMの世界シェアで70%を占めるまでに至っていた。
 日米両政府間での交渉結果、86年9月に「日米半導体協定」で「外国製半導体の日本国内シェア拡大」と「公正販売価格による日本製半導体の価格固定」と言った措置を受け入れた日本がその後、半導体産業の弱体化につながったと言う見方は多い。

参照1)1980年代の半導体サプライヤ売上ランキング表(日本半導体歴史館ウェブサイト)(ここをクリックして参照サイトへ)

 その日米が現時点で半導体供給について緊密な協力をする事になった。資料(参照2)によれば2020年の半導体メーカーの売上高ランキングは以下の通りで、日本のメーカーでは辛うじて12位に位置するのが現状で上記の数字とは様変わりである。 

参照2)2020年の半導体サプライヤ売上ランキング表(マイナビニュース「TECH+」ウェブサイト)(ここをクリックして参照サイトへ)

 半導体は経済のデジタル化の進展により、その需要がますます増加していて世界の半導体取引金額は原油、石油製品、自動車に次ぐ第4位である。
 また、現時点では供給が需要に追い付かない供給不足状態にある。一方で半導体の性能を示す回路線幅の微細化が進み、その生産工場の建設費は兆円単位の巨大さであり、現在の供給不足が解消するのはスマートフォン向け等の先端品が22年、自動車向け等の一般品が23年になるとの見方がある。この供給不足はデジタル化の進展による需要増に加えて、工場火災(日本)、異常寒波(米国南部)や渇水(台湾)による生産減や不足を見越したユーザーによる備蓄のための調達増も響いている。
 こうした状況を受けて、バイデン大統領は4月12日に世界の半導体メーカー19社の経営者とオンラインで会議を行い、安定供給の方策を議論している。これには台湾のTSMCや韓国のサムスン電子等の企業も参加したが、大統領が強調したのは半導体生産の米国内回帰で、そのために500億ドル(5兆円余り)の補助金の支出を打ち出した。半導体の国産化を急ぐ背景には、国産化を急ぐ中国の台頭に加えて、台湾への依存度の高さがある。米半導体工業会の試算によれば台湾の半導体受託生産企業の生産が1年ストップすると、世界の電子産業は1年間で4,900億ドル(50兆円)の減収に見舞われる。半導体の生産は自社で設計から生産まで一貫して行う企業の他に、他社が設計したものの生産を受託して行う、所謂「ファウンドリー」企業が台頭していて特に台湾に多い。その頂点にいるのがTSMC(台湾積体電路製造)で世界の受託生産の64%を占めるガリバー企業である。そのTSMCは20年5月に米国では2つ目となる工場の建設計画を発表していて、立地場所がアリゾナ州で同州には業界最大手のインテルが工場を構えている。
 TSMCは日本にも拠点を構える事を発表している。それは工場ではなく、先端パッケージのR&D拠点となるが、こうした先端技術領域に必要な部材や装置は日本企業の強みであり、将来日本国内での量産工場の建設に進む可能性もある。それが今回の日米首脳会談で合意された「半導体等機微なサプライチェーンの構築」にも直接的な回答にもなろう。
 その場合、半導体工場に絶対的に必要な豊富な水資源、半導体生産の周辺材料や装置の調達も容易な富山県は有力な候補地となるのではないか。

2021年4月22日 記