福井アドバイザーの 海外ビジネスコラム

第24回 BCG戦略を国家戦略と位置付けるタイ

(公財)富山県新世紀産業機構 アジア経済交流センター
海外ビジネスアドバイザー 福井 孝敏

 世界各国は今も程度の差はあれ、新型コロナウィルス感染症への対処に追われている。このウィルスの封じ込めにメドが立ったと思いきや、新たな変異ウィルスが出現し、現時点ではインド型変異株がこれまで多かった英国型より更に感染力が増しているようで、各国はこれの蔓延防止のため人々の行動制限や国境封鎖措置を採っている。
 その中でも、封じ込めの当面のカギはワクチン接種にあると言うのが大勢であろう。ワクチン接種の進行度合いが感染者数の多寡につながっていると見られるためである。
 以下のワクチン接種状況の図を見ると、初期の段階で感染者数が多かった欧米諸国で進行が早く、当初感染封じ込めに成功したと見られていたアジア諸国の進行が遅い。中で最も抑え込んでいた台湾やベトナムではワクチン接種が殆ど進んでいない中、最近、感染者数の増加が見られ始めている。誠に厄介な疫病である。

図 コロナワクチンを少なくとも1回接種した人の割合(5月16日)
  出所:Our World in Data https://ourworldindata.org/covid-vaccinations

 長引く新型コロナウィルス感染症の蔓延は当然、各国の経済にも大なり小なり影響を及ぼしている。
 IMF(国際通貨基金)が4月に発表した「世界経済見通し」では、アジアの新興途上国・地域の2021年の実質GDP成長率を8.6%との予測を発表した。前回(21年1月)の予想数字より0.3%引き上げた。2022年については6.0%と前回より0.1ポイント引き上げた。このうち、ASEAN 5か国(インドネシア、タイ、マレーシア、フィリピン、ベトナム)については21年4.9%とアジア全体の数字より低い。比較的高成長が予測される中国、インドが抜けているからだろうが、新型コロナウィルス感染症の蔓延を未だ抑え切れていない事も要因だろう。

表 ジェトロ「ビジネス短信」に掲載の表「アジア振興・途上国・地域の実績GDP成長率」 参照。
  (ここをクリックして参照サイトの表をご覧ください)

 さて、ASEANの中でも富山県企業の進出が中国に次いで多いタイの最近の動きを見てみよう。

 2021年1月、タイのプラユット首相は「バイオ・循環型・グリーン(BCG)を国家戦略モデルにする」と発表した。「タイは農業国の一方で高所得国への発展を目指す中、BCGモデルを採用する事で新たな農産品による収穫最大化、農業手法や地域の最適化、廃棄物や化石エネルギー等の削減を目指す」と述べた。その上で、BCGモデルでは生物多様性や文化的多様性に重点を置きつつ、(1)食品と農業、(2)医療と健康、(3)バイオエネルギー、バイオマテリアル、バイオケミカル、(4)観光、クリエーティブ経済の4分野に焦点を当てる。
 このBCGモデルを達成するために戦略計画を2021年から5年間にわたって実行する。具体的戦略として、

  1. 保全と利用のバランスを取りながら、資源基盤と生物多様性の持続可能性を推進。
  2. 資本、資源、アイデンティティー、創造性、最新技術を用いて共同体と草の根経済の能力を向上させる。
  3. 知識、技術、イノベーションにより、BCG経済の下で産業に於ける持続可能な競争力を向上・促進すると共に「少ない方が豊か」と言う思想に基づいた環境に優しい生産システムを重視する。
  4. 世界的な変化に素早く対応する能力、免疫力を高め、影響を緩和する。

では、BCG産業とは具体的に何を指すのか?タイ投資委員会(BOI)では 

  1. 植物・野菜・果実・花の品種選別や包装・保存
  2. 冷蔵・冷凍倉庫、冷蔵・冷凍運輸
  3. 動物用飼料・資料成分の製造
  4. 植物工場
  5. スマートシティー地域開発・関連システム開発
  6. 最新の農業システムやバイオ技術を用いた生産・サービス、食品加工
  7. バイオ燃料生産

等を事例として挙げているが、廃棄物処理や廃棄物固形燃料による発電等も当然含まれるだろう。これらに該当するとなれば、BOIが与える各種の恩典や恩典取得要件の緩和等の措置が受けられる。
 また、工業省はBCG戦略に沿って「グリーンファクトリー」化も推進を掲げている。2025年までに全国の7万1,130工場の全てに「グリーン産業認証」の取得を呼びかけている。
 工業省はこの認証取得を促進するため、(1)企業のグリーン産業に向けた事業支援、(2)水消費量の削減、クリーンな生産方法の技術移転、(3)環境マネージメントや循環経済システムを通じた工場の持続可能性の推進等の支援を行っている。
 こうした政策はタイに工場を持つ日系企業にも当然影響するもので既に一部の日系企業で工場のグリーン化に取り組む動きが見られる。
 三菱自動車は2021年2月にレムチャバン工場で大規模な太陽光発電設備の稼働を開始し、多くの日系企業と合弁事業を行っているタイの日用品大手のサハグループも3月に浮体式太陽光発電システムを自社の工業団地に導入している。
 また、エネルギー以外では豊田通商が通勤バスのスマートモビリティー化により交通渋滞やCO2の排出量削減に取り組んでいる。これはデジタル技術の活用により、通勤バス配車計画を最適化し、乗車率を向上させると言うものである。
 既にタイでグリーン産業認証を取得した工場は2万社にのぼるとされ、これを取得すると環境に配慮した製品である事を示す「グリーンラベル」が発行される。

 このようにタイも世界的なゼロエミッション、グリーン化の潮流に積極的に乗ろうと言う姿勢が見られ、そう言う意味では実際のモノづくり、再生エネルギーの生産や活用・効率化、省エネ、人やモノの輸送の効率化等で日本企業の技術やノウハウが活かせる可能性は極めて大きいと言えるだろう。

2021年 5月 20日 記