福井アドバイザーの 海外ビジネスコラム

第33回 「非同盟」インドを巡る最近の動き

(公財)富山県新世紀産業機構 アジア経済交流センター
海外ビジネスアドバイザー 福井 孝敏

IMF(国際通貨基金)は4月19日に発表した「世界経済見通し」で、アジアの新興国・途上国地域の2022年の実質GDP成長率を前年比 5.4%とする予測を出した。前回22年1月の発表より0.5%引き下げた。(▶ジェトロ「ビジネス短信」添付資料参照:表 アジア地域の実質GDP成長率見通し(前年同期比、%))
ロシアによるウクライナ侵攻に伴う混乱を主要因として、世界全体の成長率を前回発表より0.8%引き下げ、アジアも同様の変更となった。また、2023年の見通しも 5.6%と前回から0.2%引き下げた。
IMFはアジア新興国・途上国地域の経済は同地域で突出して大きな経済規模である中国経済の動向に左右されると指摘、中国の不動産分野に於ける引き締め政策や、「ゼロコロナ政策」による新型コロナウィルス感染拡大に伴う各地でのロックダウンが拡がる事で同国が予想以上に減速し、従い、他の新興国・途上国地域の経済回復が更に遅れる可能性を指摘している。
ウクライナ問題については、アジア地域はロシアやウクライナとの直接貿易が限られる為、一次産品の価格高騰や欧州地域の需要減退等の間接的影響を受けるとしている。

この見通しを見るとインドの成長率が極めて高い。
インドを巡っては本年4月末に英国(ジョンソン首相)、EU(フォンデアライエン委員長)が相次いでインドを訪問し、それぞれとインドの間で自由貿易協定(FTA)の締結を急ぐ事で合意し、特にEUは「EU・インド貿易技術評議会(Trade & Technology Council,TTC)の設立でも合意している。TTCは貿易・経済・技術分野に於ける共通の課題に取り組み、協力関係を強化するための政治主導のハイレベル対話の枠組みで、EUがTTCを立ち上げたのは米国に次いで2番目である。世界経済の見通しが不透明になっている中で、今後の大きな市場となると予想されるインド市場の取り込み競争の様相を呈している。
実際、インド政府は21年12月に総額1兆1,400億円にのぼる「電子産業(半導体・ディスプレイ)」の誘致・育成を図る産業振興策を発表している。
また、日本のホンダは22年5月にインドの二輪車市場での新たな事業展開方針を発表、EV化への対応やインドからの輸出拡大等を図るとしている。
また、新聞報道によればトヨタはインドでの脱炭素対応としてグループ合計で800億円余りの資金を投じる。EV化への対応や、燃料電池車(FCV)の走行評価について政府系機関と覚書を結んだと3月に発表している。

インドを巡っては最近もう一つ、注目すべき動きがあった。それは、4月2日に豪州とインドとの間で「経済協力・貿易協定(AI-ECTA)が署名された事である。両国は21年10月に「包括的経済協力協定(CECA)」の締結を目指して交渉を再開していて、22年3月の首脳会談で早期の暫定合意に加え、22年末までに最終的な合意を目指す事を確認していたが、今回の合意はその暫定合意である。 豪州にとってインドは7番目に大きな貿易相手国で2020年の両国間の貿易額は2兆2,356億円となっている。
この合意により、豪州からインドへの輸出では、羊肉、羊毛、石炭、LNG、アルミナ、マンガン、銅、ジルコニウム、チタン等、輸出総額の85%以上で関税が即時撤廃され、ワイン、イチゴ、オレンジ等でも関税が引き下げられる他、アボカド、タマネギ、ナッツ類、医薬品や医療機器等については関税撤廃期間を設け、今後10年間で輸出額の91%で関税が撤廃される。
また、インドから豪州への輸出でも96%で関税が撤廃されるし、豪州が繊維品等の関税を引き下げる事でインド側で数百万人の雇用が創出される事になる。
今回の合意は重要な含意を持つ。一つはインドが保護主義から脱却し、ビジネスに開放される事、二つ目は豪州がインド太平洋地域で中国以外の市場が出来る事で豪州企業が中国からの威圧的な行為から身を守る事が可能となる事、3点目は両国が気候変動への取組で中国の資源に依存する必要がなくなる事である。
インドは昨年10月に5州で石炭不足から深刻なエネルギー危機に見舞われているが、豪州から無関税で石炭が輸入できるし、自動車生産や再生可能エネルギーで知られるインド南部ではEV生産に必要なリチウム、コバルト等の重要な鉱物が無関税で調達可能となり、またLNGも無関税となる事で石炭から再生可能エネルギーへの転換の移行期に燃料として利用可能となる。
インドはRCEP(地域的包括経済連携協定)に最後の段階で参加しなかったのは労働力の自由な移動や、特に中国から低価格で産品が流入する恐怖の為であったがこうした懸念も今回の2国間協定では不要となる。

本年3月には「日豪印」3か国の経済大臣会合が開かれて、「サプライチェーン強靭化イニシアティブ」推進について合意していて、今月末に日本で開催される「QUAD」のメンバーである豪印両国間のFTAが締結された事を受け、QUADメンバー4か国間のパートナーシップの強化につながるであろう。

以上
2022年 5月10日 記